脳神経外科医 奥村歩氏

 新型コロナウイルスの感染拡大が心配されています。

 82歳のSさんは、軽度の認知症になっても、元気で穏やかに家族と過ごしていました。しかし、3月に入って様子が一変します。元気がなくなり、身の回りのことができなくなってしまいました。今まで問題なかった、着替えや入浴など、日常生活の所作ができなくなったのです。家族は「認知症が急に進んでしまった」と、SさんをA病院の認知症センターに受診させました。ところが、脳のMRI(磁気共鳴画像装置)検査では、去年と比べて脳の萎縮は進んでいません。Sさんの変化は認知症の問題ではないということで、自宅で様子を見ることになりました。

 しかし帰宅後、Sさんはますます調子が悪くなります。食事を取ることもままならなくなりました。微熱も出てきたため、心配した家族は、今度はA病院の内科に連れて行きました。そこで胸のエックス線検査をした結果、肺炎が判明。すぐに入院の運びとなりました。Sさんの肺炎は新型コロナではなく細菌性で、抗生物質が効き、1週間で退院できました。退院後Sさんは、認知機能も次第に回復し、桜が咲く頃にはすっかりお元気になりました。

 認知症は、突然発症したり、急に進行したりする病気ではありません。図に、アルツハイマー型認知症の経過を示しました。特に高齢者の場合、その進行は極めて緩やかです。そのため軽度の段階で診断され適切に対応すれば、日常生活に大きな支障がなく、天寿を全うできるのです。

 今回、Sさんが急変したのは認知症自体の悪化ではありませんでした。「隠れ肺炎」が原因だったのです。高齢者の肺炎では、熱が出ず、咳(せき)やたんも少ないことがあります。さらに認知症の方は、体調不良を家族に上手に伝えられないことがあります。そのため、体調不良によって二次的に認知機能が低下したのを、「認知症が急に進んだ」と誤解されてしまうのです。

 認知症が急変した時は、家族は「本人に体調不良のところはないか」という視点で考え、まずは専門医ではなく、かかりつけ医に相談しましょう。

 表に示しましたが、急変の陰には、肺炎や膀胱(ぼうこう)炎などの感染症以外に、がんや心不全、骨折が隠れていることもあります。皮膚のかゆみや便秘が真犯人となっていることもあります。少し気が早いですが、これからの季節は熱中症にも注意が必要です。

 表のように、薬剤の副作用によって認知機能が低下することがよくあります。市販の風邪薬や花粉症の薬が原因のこともあります。さらに、意外に多いのが高血圧の薬で、血圧の下がり過ぎや、睡眠薬の持ち越し効果で認知機能が低下する場合もあります。その点でも、認知症の方の健康維持には、かかりつけ医とのコミュニケーションが重要になります。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック院長)