岐阜大学精神科医 塩入俊樹氏

 2017年10月30日から全8回にわたり「発達障害(=神経発達症)」について書きましたが、皆さんから今までにない反響をいただきました。その中で、「子どもの心(=精神)の発達についてもっと知りたい」「思春期の心性について教えてほしい」との要望が寄せられました。そこで今回から6回にわたって、乳幼児から青年期(=思春期)にかけての心の発達についてお話しします。まずは、発達心理学についてです。

 ヒトの心の発達を研究する学問を、発達心理学と言います。発達心理学では、ヒトの心の発達過程の各段階で習得する能力を、大多数の子どもを対象に統計的な方法で分析し、例えば、「子どもは、〇歳頃には□□ができるようになる」といった結論(結果)を導き出します。しかしながら、この結果はあくまで指標で、統計的に同じような発達段階を示す子どもたちが多くいるという、平均的な発達段階を表しているに過ぎません。

 最も注意しなければならない点は、例えば「2、3歳頃になると、『こんにちは』が言えるようになるので教えてみましょう」などと書かれた育児本を手本に、この平均的な発達段階を、母親が子どもを育てる時のノルマのように扱うことです。以前にも言いましたが、子どもの発達は千差万別で、ある時期に全くできなかったことが急にできるようになったり、いったんできていたものができなくなったりと、決して右肩上がりに一直線に進むものではないのです。ちなみに後者の例としては、5歳ぐらいまでに習得した「大人に対するあいさつ」が、思春期になるとほとんどできなくなるといったことがあります。もちろんこれは能力自体の低下ではなく、思春期特有の心理特性と捉えるわけですが、"あいさつ"という行為だけをみると、その行為自体は極端に減ってしまうわけです。

 最後に、発達心理学の立場から子どもたちの個々の能力を考えてみます。すべての子どもたちには、1人でできることと、1人ではできないことがあります。前者はその子どもの能力ですし、後者はその子どもがその時には持っていない能力を示しています。そしてその間には、"1人ではできないけれど、他人が少し協力すればできるようになること"があります。子どもたちは、生まれながらにして、このような能力の潜在的領域を実にたくさん持っています。

 ロシアの心理学者のヴィゴツキーは、これを「発達の最近接領域」と呼びました。ある子どもがその時持っている能力を少し超えてはいるけれど、その子どもが潜在的に持っていて、大人や自分より能力の高い者と共同することで、取得可能となる発達の水準(レベル)のことです。子どもたちを発達・成長させるためには、個々に異なる「発達の最近接領域」へのアプローチがとても重要で、このことは教育理論の根底をなすものなのです。

(岐阜大学医学部付属病院教授)