「セン馬」ではなく「牡馬」だったゴールドタイタン(中央)

 初勝利を飾った競走馬の性別が間違っていた? 「ワンダーランド・笠松」でのミステリー。真相は何と「2個あるはずのタマを1個しか抜いていなかった」ためだった。

 ここは残暑厳しい笠松競馬場。一連の不祥事からレースが再開されて1年が経過したが、出走馬の性別間違いによる「真夏の珍事」が発生していた。

 笠松競馬は、7~8月の3レースで4歳馬のゴールドタイタン(伊藤強一厩舎)が牡馬でありながら、調教師の誤った届け出により、実際とは異なる性別の「セン馬」(去勢された馬)として出走していたことを明らかにした(9月9日)。
 
 競馬組合では「お客さま、関係者の皆さまにご迷惑をおかけしましたことを、深くおわび申し上げます。原因究明と再発防止に取り組むとともに、競馬の公正確保に一層努めてまいります」と不手際を謝罪した。

 不祥事続きから、このところは平穏だった笠松競馬場では久しぶりの「お騒がせネタ」となった。ネット上では「またまた笠松競馬か」「馬が勝ったのはたまたまか」などと注目された。

スタート後、桜並木と名鉄電車をバックにスタンド前へ。「牡馬」の登録で走っていた頃のゴールドタイタン(右から3頭目)=2022年4月

 ゴールドタイタンはC級馬で1Rに出走することも多く、レース画像は撮影していないと思っていたが、4月7日最終レース「C級サバイバル」で、ぼんやりとした画像が残っていた。桜並木と名鉄電車をバックにした激戦レースの5番枠で、ゴールドタイタンは走っていた(6着)。「桜と電車と競走馬」のコラボだったが、笠松の名物レースにも出走しているとは、やっぱり「何かを持っている馬?」だった。         

 ■出遅れ癖があり、しんがり負け続きで苦戦

 ゴールドタイタンは父ロージズインメイ、母パシャで、母父がGⅠで3勝のデュランダルという血統。2年前、金沢競馬場でデビュー。26戦未勝利のまま、昨年12月に笠松競馬へ移籍してきた。笠松では4月までに8戦したが、ゲートではいつも出遅れて最後方を追走。4戦連続でしんがり負けとなるなど苦戦が続いていた。4月には追い込んで3着もあったが、笠松でも未勝利だった。約3カ月間の休養中に「去勢手術」を受けたとされ、オーナーも新しくなって7月末に復帰した。

 厩舎では「1開催待って乗り込んだが、調整中に去勢した経緯がある。ひとたたきしてからじゃないですか」(競馬エース)と気分一新での再出発となった。

 ■去勢明け?の3戦目、デビュー37戦目で待望の初V

 「牡馬」から「セン馬」に登録変更後は、笠松での3レース(7月27日、8月11日、24日)に登場。復帰後の800メートル戦は5着。「去勢効果もイマイチのようだが、復帰戦はまずまずの走りでした」と、続く1400メートル戦でも5着。

 たたき3走目となった8月24日1Rの800メートル戦(C級15組)。「一走ごとに上向いてはいるが、ゲートの反応が良くない。忙しい距離はどうでしょう」と陣営。

ゴールドタイタンの主戦騎手・森島貴之騎手(右)。地方通算300勝セレモニーで祝福を受けた

 主戦の森島貴之騎手が騎乗し、4番人気。ゴールドタイタンは出遅れることなく、好スタートを決めた。3番手から3~4コーナーで先頭を奪うと、直線では突き抜ける勢い。2着に5馬身差をつけて、デビュー37戦目で待望の初勝利を飾った。復帰3走目で動きは一変し、覚醒した力強い走りを見せてくれたのだ。

 ■去勢手術は行われたが、片方しか…

 ところがレース後、事態は急変した。競馬組合によると、1着馬として装鞍所エリアに戻って尿検査(笠松では1、2着馬に義務づけ)を受けた際、「セン馬にしてはチャカチャカしている」と感じた競馬組合の獣医師は、健康手帳などで馬体の照合を行った。

 休養中の5月には、開業医(獣医師)によるゴールドタイタンへの去勢手術が行われたはずだった…。ところが、精巣を片方しか取っていないのに「セン馬」である去勢手術証明書が発行されていたという。どうやら二つある精巣のうち、一つは摘出されていたが、もう一つは体内にある可能性があった。いわゆる「片金」(タマが片側だけ残っている)の状態だったとみられる。
           

サムライドライブで勝利を飾った岡部誠騎手。レース後、装鞍所エリアに戻った1、2着馬は公正確保のため尿検査などを受ける

 管理する伊藤強一調教師は、去勢手術証明書が出たのでNAR(地方競馬全国協会)に、セン馬への変更登録の手続きを行っていた。競馬組合では、この馬の健康手帳と証明書を確認して、ゴールドタイタンが本当にセン馬かどうかをチェック。精巣は片方しか取られておらず、まだ「牡馬」であることが判明した。
 
 去勢とは、両方の精巣を摘出することである。精巣は当初、おなかの中にあり、生後数日で陰のう内に下降する。これがうまくいかず、精巣がおなかの中にとどまったものを「潜在精巣」という。発生率は5~8%。去勢時には、潜在精巣も摘出しなければならないが、下降している片方のみを摘出して「セン馬」としてしまうこともある。乗用馬では獣医師でないものが去勢手術を行うこともあり、「セン馬のはずなのに、牝馬に反応する」ことがしばしばあるという。(JRA「馬の資料室」・日高育成牧場)

 ■登録段階でチェックをすり抜け、牡馬に戻す決断

 競馬組合では「(精巣の)片方が体内に残っているのか、元々一つしかなくて体内にはないのか、確認はできていません。セン馬への登録段階でチェックをすり抜けて、見た目だけでは分からず、不手際になりました」ということだった。

 精巣は二つとも取っていないと、セン馬と認められないということだが、ゴールドタイタンの場合は片方しか取っていなかったため、「牡馬」に逆戻りすることになった。

C級サバイバルで、ゴール手前を走るゴールドタイタン(右から3頭目)

 8月24日のレースから2週間が経過し、オーナー、厩舎サイドも対応を決断。競馬組合によると「(精巣が)体内に片方残っているという認識で、牡馬に戻して走らせていくことにしました。またチャカチャカしだしたら、考え直すこともありますが」とのことだった。

 ■「片金効果」で異色のゴールデンホースにも

 「牡馬→セン馬→牡馬」。9月15日には、NARの登録でも変更手続きが完了。セン馬から牡馬への表記に戻り、ゴールドタイタンは再び牡馬として出走可能となった。9月中は間に合わず、けがなどなく無事なら10月以降に出走。再出発のレースでは注目を浴びることになりそうだ。

 これまで「牡馬→セン馬」では、入れ込みなどの気性難や馬っ気(発情)などが解消されて活躍する馬は多くいたが、「セン馬→牡馬」に戻ること自体、常識的にはあり得ないこと。前走でガラリと一変したゴールドタイタンだが、復帰3走目での初Vは、片方のタマ抜きをした効果も少しはあったのか。今後も「片金効果」で1着ゴールを決められれば、異色のゴールデンホースにもなりそうだ。

ナイター競馬が行われている大井競馬場。4年前には、渡辺竜也騎手がヤングジョッキーズシリーズのファイナリストとして参戦した

 ■大井競馬では「牡馬」として勝ったが「セン馬」だった

 今回の笠松のような性別間違いは、南関東でもあった。今年5月10日には大井競馬3Rに出走し、1着となったギレルモ(田中正人厩舎)は、4歳の「牡馬」として出走したが、レース後に馬体を照合したところ「セン馬」であることが判明した。

 南関東では昨年12月23日、浦和でも同様の性別間違いがあった。12Rに出走予定だったリセット(船橋、玉井等厩舎)が牡馬と発表されていたが、レース前に装鞍所で馬体を照合し、セン馬であることが判明。競走除外となった。

 競走馬は地方、中央を問わず「健康手帳」を必ず携行することが定められており、この手帳に移動履歴、予防接種履歴などを記載。去勢を実施した場合も記入が義務づけられている。

 大井のケース。門別からの転入初戦を勝ったギレルモの厩舎では、調教師が「セン馬であることは入厩時に知っていましたが、牡馬→セン馬への変更が完了して入厩してきたと思い込んでいました。そのままレースを迎え、結果を見ている時に牡馬のままであることに気付き、裁決へ申告しました」とツイッター上で謝罪した。

笠松競馬ではセン馬が活躍。今年のウインター争覇ではスタンサンセイが重賞Vを飾った

 ■セン馬が強い笠松、ニホンピロヘンソンとスタンサンセイ重賞V

 大井では調教師の単純な思い違いによる「うっかりミス」だったが、笠松のケースは去勢手術自体が完了しておらず、性別確定のチェック漏れがミスにつながった。競走馬の性別は、ファンにとって馬券購入時の重要な検討材料でもある。「『去勢手術で気性が良くなったはず』と予想して馬券を買う人もいる。誤った情報を与え、競馬の公正さが損なわれた」といったネット上の意見もある。

 牡馬からセン馬となっても負担重量は同じだが、気性面では大きく変化。去勢明けの初戦は様子見にもなるが、セン馬への「変身」は3、4戦目からは好成績につながることもある。ファンにとっても狙い頃となる。

 笠松競馬の重賞戦線ではセン馬の活躍も目立っている。今年の地元馬の重賞勝ちは3頭だが、セン馬が2勝。白銀争覇でニホンピロヘンソン(6歳、川嶋弘吉厩舎)、ウインター争覇はスタンサンセイ(6歳、笹野博司厩舎)が制覇。8月のくろゆり賞ではスタンサンセイなどセン馬が4頭も出走した。

 ■「セン馬→牡馬」で勝てば快挙

 ゴールドタイタンはまだ4歳だが、C級クラスの1勝馬。大きな期待はできなくても、性別表記でお騒がせとなった異色の競走馬。セン馬として1勝し、牡馬としても勝利を挙げたら、それはそれですごいこと。初Vを飾らなければ、性別チェックも行われず、セン馬のまま走っていたかもしれない。ユニークな「片金ホース」として再出発するゴールドタイタン。笠松競馬の新たな注目馬として、末永く活躍してもらいたい。