マイクロバスを降りて、パドックへ向かう騎手たち 

 オータムシリーズ初日1R、3連単180万馬券が飛び出した笠松競馬場。波乱の幕開けとなった秋競馬だが、コース内側はのどかな「ワンダーランド」。田畑やお墓があるし、ゴール板の近くにはパドックまである。

 レースに挑むジョッキーたちはマイクロバスに乗って、ユニークな内馬場パドックに到着。スタンド前に広がる「世にも奇妙な光景」は、笠松デビューのウマ娘ファンらをも驚かせている。

 4月から「笠松けいばチャンネル」として、ユーチューブで「金曜日ライブ」がスタート。マイクロバスを降りて、パドックに向かう騎手たちの歩き方に着目した「ナイスウオーキング予想」は笠松ならではの奇想天外な見方だ。今回は、ファンサービス向上のためにも、世界的にも珍しい内馬場パドックに注目してみた。

誘導馬に先導され、ゴール前を通りパドックへ向かう出走馬

 ■装鞍所からパドックへ、優雅なウオーキングタイム

 笠松競馬場に初めて来たというファンは「アレーッ、何か変だな」と戸惑う人も多いようだ。お目当てのパドックが見当たらなくて「どこにありますか」と常連さんが聞かれることもよくある。JRAや他の地方競馬では、馬場とスタンドの外側にあるのが通常スタイルだが、笠松のパドックは内馬場にある。競馬場自体の敷地が狭いための苦肉の策だが、「スタンドに座っていれば、移動せずに返し馬も見られる」という日本の競馬場では唯一のスタイル。以前にも紹介したように、内馬場パドックはアメリカにもあるが、装鞍所からマイクロバスで騎手が内馬場に到着するパターンは世界中でも笠松だけだろう。

 出走馬は誘導馬のエクスペルテか、ウイニーに先導されて、第1コーナー奥に隣接する装鞍所を出ると、コースを横切って内馬場入り。リニューアルされた馬道を進み、ゴール板を過ぎてパドックに到着する。ゆったりと歩く姿は笠松の田園風景とマッチ。戦いを前に、何とも優雅なウオーキングタイムである。

世界的にも珍しい内馬場パドック。コースを挟んで各馬を眺めるファンたち

 ■パドックでの騎乗姿、カメラやスマホを手にしたファンの撮影タイムを

 より魅力あふれる競馬場へ、ファンサービスを充実させることは大切だ。場内やネット上でのプレゼント企画は増えて、ファンにとっては喜ばしいことだが、レース運営では、一つ改善してほしいことがある。スタンドからカメラを構える笠松競馬ファンの一人として、いつも感じることだ。

 それは、パドックで騎手が騎乗してすぐにコースに出るのではなく、もう1周して人馬一体での「勇姿」と「ナイスウオーキング」をゆっくりと見せてもらいたいのだ。他の競馬場のパドックのように、カメラやスマホを手にしたファンのために、撮影タイムがもう少しあってもいいのでは。小さなパドックだし、1分も要さないので、それぐらいの時間はあるはずだ。

 パドックは、レース直前の各馬の仕上がり具合や気合乗りなどを見極める場で、ファンにとっては予想する上で重要なチェックポイントである。通常、本馬場に向かう前の最後の1周は、騎手が騎乗するものだ。首を上下させて集中力を高める馬がいたり、脚を跳ね上げて首を振って暴れる馬もいる。

 また、ゴーグルをはめる前の騎手の表情を撮影するチャンスでもある。ラチ沿いやスタンドでライブ観戦し、人馬を撮影するファンを増やすためにも、内馬場パドックを生かした新たな見せ方が必要である。      

パドック前で整列し、ファンに向かってあいさつをする騎手たち

 ■騎手の一礼に、女性ファンも一礼

 笠松では今年2月、騎手らのコロナ感染クラスターが発生。このため、笠松・名古屋間でも感染拡大防止を徹底。地元・笠松の騎手と、助っ人である名古屋の騎手は車2台に分乗して、パドックに来ることもあった。外枠の馬番順にバスを降りて、最後は1番の騎手。若手同士は雑談しながらだったりするが、スタンド前などで応援するファンに向かって整列し一礼する。これに対して、外ラチ沿いで眺めていた女性ファンも一礼する姿を目撃し、ほほ笑ましかった。いつも笑顔で深々と頭を下げる深沢騎手には「杏花ちゃん、頑張れ」などという声援も聞こえてきた。コロナ感染防止もあって、名古屋競馬場のパドックでは騎手がバラバラに馬へと向かうが、笠松では礼儀正しい感じがする。

 騎手たちはすぐに騎乗馬にまたがり、臨戦態勢に入る。ところが、コース入り口近くで止まっている馬は、騎手騎乗後はパドックを全く周回することなく、すぐに本馬場入りし、返し馬へと向かってしまう。現状のパドックの流れでは、騎乗直後の各馬の歩様などをゆっくりとチェックできない。

3年前、笠松競馬場デビューを果たした藤田菜七子騎手。パドックを周回しながら、スタート地点を振り返ったりしていた

 ■菜七子フィーバーではサプライズ、1周多く回った

 ところが3年前、JRAの藤田菜七子騎手が笠松競馬場に初めて参戦した時には「サプライズ」があった。菜七子フィーバーでパドック前からコースを挟んだ外ラチ沿いには「競馬界のアイドル」を撮影しようと多くのファンが詰め掛けた。菜七子騎手はヒマリチャン(牝3歳、村山明厩舎)に、パドック南側で騎乗すると、半周してすぐにコースに出ることなくもう1周した。スタートする1400メートル地点を振り返って確認する余裕もあり、ゆっくりと1周半したのだ。

 この時は菜七子騎手が「VIP待遇」で、特別なファンサービスのように感じたものだ。他の馬たちも通常より1周多く回ったのだが、笠松競馬場でもファンが喜ぶことなら、やってくれるのだ。

 笠松でのレース間隔は35分間が多い。出走馬は発走20分前には厩務員に引かれてパドック入りし、周回時間は約8分間。馬は止まって、その場でぐるぐると回ったりしながら、発走10分前にバスで到着する騎手たちを待っている。この間1~2分。装鞍所騎乗で先出しの馬が、攻め馬に向かう様子が清流ビジョンなど映像で流される。装鞍所で手間取ったりすると、長い時は3分ほど待たされることもあった。

 他場なら「止まれー」の合図とともに騎手がすぐ騎乗する。笠松では待ち時間となり、もったいない感じがする。「それなら騎手が騎乗してから、もう1周ぐらいしてもいいのでは」と思うし、「騎手らの勇姿をもっと撮影したい」というファンは多いのでは…。

 騎手が乗るとガラリと変わる馬もいる。それまで物見していた馬が、シャキシャキしたりで、脚の踏み込み具合なども見たいものだ。オグリキャップが育った聖地巡礼で、カメラやスマホを手にしたウマ娘ファンは確実に増えており、馬券は買わなくても人馬の姿をブログやツイッターにアップし、笠松競馬場をアピールしてくれる人もいる。

装鞍所騎乗が多く、パドックを周回する馬は4頭。整列する騎手も4人だけと寂しいレースもあった 

 ■9頭立てでパドックには4頭だけ、怒りの声も

 名古屋など他の地方競馬場では、各馬がパドックを最低でも1周以上してから、馬道を通って返し馬に向かう。馬が止まった位置にもよるが、笠松では0~1周。外ラチ沿いでカメラやスマホを構えるファンは、人馬のパドック姿を撮影したいものだが、短時間のため、お目当ての馬のシャッターチャンスを逃すことも多い。
 
 おまけに、最近では装鞍所騎乗も多い。入れ込み癖などがある馬は、パドックに来てもすぐに装鞍所へ戻る。4月には、9頭立てだがパドックには4頭しかいないケースもあった。ぞろぞろと5頭も装鞍所へUターン。ただでさえ少頭数が多いのに、東スタンドに陣取るオールドファンから「これはひどい。装鞍所騎乗が多すぎる」といった怒りの声も飛んでいた。装鞍所騎乗の騎手はパドックには来なくなったため、整列した騎手は4人だけ。周回する馬が歯抜けの状態の半分以下では寂しい限りだ。 

秋風ジュニアを勝ったマイロマンス(左)など上位3頭。騎手騎乗後はパドックをすぐに出て本馬場入りした

 ■大半のファンは、ネットのライブ映像でパドックをチェック

 ここ10年ほどで、テレビやインターネットでも笠松競馬のライブ中継は充実。テレビなら、スカパーの「地方競馬ナイン」。ネットなら地方競馬ライブをはじめ、オッズパーク、楽天競馬、ユーチューブなど多彩。特に笠松競馬としても力を入れている「金曜日ライブ」では実況アナ、お笑いタレント、専門紙トラックマンらがリモートで登場し、楽しい競馬トークと異色の予想バトルを繰り広げている。ナイスウオーキングでは冠レースまで開かれており、盛り上げようと躍起だ。

 笠松競馬の内馬場パドックという特殊事情。スタンド前からは遠く、幅20メートルのコースを挟んでおり、ファンは他場のようにパドックを囲むようには至近距離で見られない。それでも今の時代、競馬場に来られない全国のファンの大半はネットのライブ映像で馬をチェックしており、内馬場というのはあまり関係ない。

 ネットでの馬券販売が大半を占める時代で、笠松でも1日平均で4~5億円は売れる。1人当たりの購入額が1日5000円とみても、全国では数万人規模の競馬ファンが、ネットの画面越しから笠松競馬のパドック中継やレース映像を見ているのでは。これからはそういったファンにも対応して、より良いサービスを提供してもらいたい。 

ナイスウオーキング予想では、名古屋の騎手の方が笠松勢より上位人気だ 

 ■笠松勢ピリッとせず、名古屋勢が人気上位

 「金曜日ライブ」では、バスを降りてパドック前まで歩く騎手の元気度などチェックする「ナイスウオーキング予想」や、厩務員のファッションなどにも注目。笠松ならではのパドック予想で盛り上げている。
 
 8月26日の金曜日ライブでは、タレント・なかしさん推奨のナイスウオーキング予想が披露された。「ウオーキング番長」が塚本征吾騎手で、丸野勝虎騎手、友森翔太郎騎手、今井貴大騎手と名古屋勢ばかりが人気上位だった。地元・笠松の騎手にとっては「わが家の庭」のようなパドックで、ピリッとした動きがないようだが、整列後はさすがに「スイッチオン」となって騎乗馬へと向かう。

 笠松の騎手のウオーキングは人気薄だったが、この日のメインレースの2歳オープンでは「ナイスウオーク単勝」に向山牧騎手(ビリーヴィンに騎乗)が指名された。さすがは終盤のレースに強い牧さん。見事に1着ゴールを決めてくれた。金曜日ライブは9月23日、10月7、21日にもユーチューブで配信される。

 世界的にも珍しい笠松競馬の内馬場パドック。ファンサービスとして、もう1周してくれた「菜七子ルール」ともいえるパドック周回を取り入れてほしいし、内馬場の特殊性を生かした楽しみ方があるはず。ファンの声を聞きながら、次回は誘導馬についても考えてみたい。