女性は次男の暴力に耐えかね、夫と交番に駆け込んだ。交番員は夫婦の悩みに寄り添ったという=岐阜市内

 精神保健福祉法が定める強制入院制度で、家族の同意を要件とする医療保護入院。人権侵害との訴えが根強い一方、「救われた」と話す家族もいる。

 「警察のイメージが変わりましたよ。こんなに聴いてくれるんだって」。次男(44)が統合失調症を患う岐阜市の女性(70)は5年ほど前、次男から暴力を受けるようになり、夫と共に近所の交番へ駆け込んだ。交番の警察官は1時間ほどかけて夫妻の悩みと向き合った。「『何かあったらいつでも110番してください』と言ってもらえて、すごく安心したんです」

 その「何か」が起きたのは2020年10月。次男が「お母さんは何回言っても直らんからポコンだ」と言って、後頭部を素手でたたいてきた。いつものように受け流そうとも思ったが、その時は違った。「次は、道具を使ってポカンとやるぞ」。女性は怖くなって、初めて110番した。

 4、5人の警察官が最寄りの警察署からパトカーで駆け付けた。警察官は「暴力は駄目ですよ」となだめた。次男は平然と「お母さんは口で何回、説得しても直らないから、仕方なくポコンしているんだよ。これは正しい暴力なんだ」と返した。

◆なだめながら

 「ちょっとしたことなんだけど…」と女性は言う。「洗濯物を部屋干しする時に『ここは僕の場所だから干さないで』とか、私が部屋のスリッパをそろえないと叱ってきたりとかね」。特に、同じことが2回、3回と続くと怒り始めるという。「訳の分からない理屈だけれど、息子の中ではそれが正しいのね」

 次男は県内の精神科病院へ医療保護入院となった。警察官が直接、県内の病院とかけ合い、入院の調整をしたという。「警察官は上手に病院へ連れて行ってくれた。『大丈夫、大丈夫』となだめながら。暴力が増長したら、と思うと怖かった。感謝しています」

◆自治体の仕事

 厚生労働省によると、医療保護入院の届け出は20年度、全国で約18万4千件で、県内では2364件。14年に要件が見直され、同意者が後見人や市区町村長といった家族以外にも認められるようになったが、改正後も毎年、9割以上を扶養義務者や配偶者などの家族が占める。

 70代の女性が次男の件で支援を受けた警察の役割については、57条にわたる精神保健福祉法でも定めている条文は多くない。警察官通報を義務付ける23条のほかには、病棟を離れた患者を署内で一時保護できるなどと規定した39条があるだけだ。

 ただ、厚生労働省が18年に各都道府県へ通知した「措置入院の運用に関するガイドライン」には、警察と自治体とが警察官通報以外で協力する場合に関する項目がある。

 警察が接した精神障害者に関し、警察官通報の要件に当てはまらない場合でも、必要に応じ適切な医療施設を紹介するなど、精神医療や福祉的な支援が受けられるよう積極的な対応を望むとする趣旨。同法47条に基づいているが、法でもガイドラインでも、これらの責務を担うとされている主体は自治体であり、警察ではない。女性の次男の入院調整は、本来ならば自治体の仕事だったと解釈することもできる。

 岐阜病院(岐阜市)の理事長で精神保健指定医の鈴木祐一郎氏は「警察官通報はあくまでも、警察が保健所へ連絡している数。警察が、保健所ではなく直接、精神科病院へ連絡するケースが増えているのではないか」。病院からも現場での実相が見えてこないという。

 【統合失調症】 思考や感情がまとまりづらくなる精神疾患。幻覚や妄想などの症状が現れる。約100人に1人がかかり、思春期から40歳ぐらいまでに発病しやすいとされる。はっきりとした原因は分かっていないが、過度のストレスが発症の一因といわれる。

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 精神疾患の当事者を支える仕組みは適正か。複数の警察官らが明かした現場の実情、精神医療や自立支援に携わる関係者への取材を基に、実態を追った。


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