通報受理を一括して担う群馬県の拠点。警察など関係機関との衝突を乗り越えてきた=前橋市、群馬県こころの健康センター

 前橋市、群馬県精神科救急情報センター。自分や他人を傷付ける恐れがある人を警察官が見つけたとき、精神保健福祉法に基づいて行う「警察官通報」を一括受理する拠点だ。各署とつながる専用ダイヤルが着信すると、執務室に甲高い音が鳴り響き、職員たちの背筋が伸びる。

 警察官通報を受理して行政職員が事前調査し、医療につなぐか判断した上で診察先へ移送する-。こうした業務は岐阜県を含む多くの自治体で保健所が主体となる一方、保健所とは別の機関を設けて対応する都道府県がある。群馬県はその一つで、現在の仕組みは2004年に築かれた。

 取材中にセンターの責任者、佐藤浩司所長の携帯電話が鳴った。「自傷か他害かで言うと他害なのかい」。相手は群馬県内の精神科医。署で保護した当事者について、入院の必要性を判断する「措置診察」が要るかどうかの相談だった。診察の要否を決める権限を持つ佐藤所長の携帯電話は、職員の報告を受けた精神科医からの着信で頻繁に鳴る。「ソチシン(措置診察)にしなくても今晩、アフターケアできるならいいけれども」。5分ほどの通話を終えて、この当事者は措置診察不要となり、地域へ帰ることが決まった。

◆岐阜の約3倍

 通報が措置診察に至った割合(措置診察率)に、各都道府県で大きな差があることが分かっている。21年度、群馬県は約7割で、全国平均は約5割。岐阜県は約1割にとどまる。「これを言うと職員は嫌な顔をするんだけど」。佐藤所長は苦笑いを浮かべて言った。「うちの県は警察官通報数、人口比でいうと日本一!」。通報は536件で、人口規模が近い岐阜の約3倍だ。

 群馬県の精神保健福祉行政には、県警との対立の歴史がある。1991年、県立精神医療センターが夜間や休日の救急医療を始めた。実態は救急用ベッドを1床置くだけの内部的なものだったが、「困ったら県立へ」が関係機関に浸透。警察は精神疾患を疑えば、触法行為があっても当事者を病院へ連れて行くようになったという。

 放火した当事者などを「精神疾患の影響だ」と言い“患者”と判断する警察側が、“犯罪者”と見る病院側を押し切っていく。覚醒剤の中毒者などが集中し、94年には看護職員が改善を求めて県に嘆願書を出すほど、院内は荒れた。

◆人員確保必要

 一方、2000年の法改正で、当事者の移送など、措置入院に関する業務は都道府県といった自治体の責務だと明文化された。警察と病院の間を保健所など県の機関が取り持つ形となり、体制の増強を迫られた。そうして始動したのがセンターだった。

 24時間365日対応できるよう、職員約60人が交代勤務する。平時は依存症の相談や自殺対策、引きこもり支援といった六つの島に分かれているが、ひとたび通報が入ると、島は次第に一つになる。

 当事者1人の移送に、運転手を含め職員ら7人を割く手厚い体制。21年度の通報数は04年度と比べ3・4倍になっており、仕組みを確立、周知したことが増加の一因とセンターは見る。ただ、夜間は職員2人による電話対応となるため、移送は警察が担ってやりくりする。佐藤所長は「結局は必要な人員が割けるかどうか。岐阜だって現場は困っちゃってるんだろう」と思慮する。

 【群馬県精神科救急情報センター】 群馬県内の行政救急の適正な運用を目的に2004年に設置。全国の都道府県などに置かれる精神保健福祉センター(群馬県こころの健康センター)に併置する形で、県内の警察官らの通報を一括して受理する。多い日には1日当たり5、6件の通報が入り、職員が対応する。

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 自傷他害の恐れがある人たちと、行政はどう向き合ってきたのか。関係機関との衝突と対話を繰り返して仕組みを築き、今なお模索を続ける各自治体の拠点から、岐阜県での措置入院制度の在り方を考える。