昭和期の終わりに整備された精神科救急医療の拠点。千葉県内の警察官通報を一括して受理する=千葉市美浜区、県精神科医療センター

 強い浜風が吹き付ける千葉市美浜区・幕張新都心に、精神医療の拠点がひっそりとたたずむ。千葉県精神科医療センター。精神疾患の当事者と早期につながって入院治療を施し、可能な限り早く退院、社会へ戻ってもらう-。こうした理念を具現化した、国内初の精神科救急の専門医療機関とされる。数多くの大企業が立地するオフィス街やコンベンション施設の幕張メッセ、プロ野球チームの本拠地千葉マリンスタジアムなど都市の顔が集積する地区にあって、古びた外観の建物はやや浮いている。

 1985年設立。立ち上げに携わった一人でセンターの名誉病院長平田豊明氏は「今、岐阜で起きていることは、かつて群馬や千葉が乗り越えてきたことだ」と指摘する。

 千葉でも医療側と地元警察とで意見が衝突する時期が長く続いた。警察官職務執行法に基づく「保護」を伴わず、普段は家に引きこもっている当事者を警察官が見つけただけの「発見通報」が相次ぎ、センターでは当事者に関する情報が得られないまま、通報だけが繰り返される事例が頻発。医療側の疲弊を招いた。一方の警察側は「保護要件がなくても通報すべき事例はある」と反発した。現場の緊迫感も相まって、ここでも板挟みとなったのは保健所などの行政機関だった。

◆職員事前調査

 千葉では2015年、県と市それぞれに通報対応班を設けたことで、こうした状況が改善に向かう。救急事例の電話調整をする精神科救急情報センターに入った警察官通報を転送してもらい、行政職員が現場で事前調査する。診察が必要になれば、あらかじめ当番制で待機している精神保健指定医2人が対応するといった円滑な体制を確立した。

 「夜間であっても、通報があれば行政職員が署へ向かう。それによって、警察からの不満はだいぶ少なくなった。電話だけで診察不要にすることはなくなった」と平田氏。岐阜県には現状、措置入院制度の運用に関する指定医の当番制はない。また、県保健所の職員が直接現場へ事前調査に行かないケースが少なくなかったことが、関係者への取材で分かっている。

 一方、千葉の県市が警察官通報として受理するのは保護を伴う案件に限った。発見通報を受理しない代わりに保健所への相談として受け付け、得られた情報を基に後日対応するよう変えた。診察不要の決定は減少し、警察官通報数に占める診察に至った数の割合(措置診察率)は11年度の22・2%から21年度には80・8%に上昇している。

 平田氏は「診察不要になると、その当事者について医師には分からないままになってしまう。診察につながると、事前調査の内容が医師にも共有されるので、治療の上で重要な情報になる」と語る。

◆移送業務、誰が

 「岐阜は特異ですよ」。平田氏が着目するのは、岐阜県で保健所による「移送業務」がほとんど行われていないという事実だ。

 移送は、警察官通報の対象になった当事者を保健所の職員が署から医療機関などへ搬送する行政側の業務。厚生労働省の統計によると、千葉県は年間170件ほどで推移しているが、岐阜県では年間数件。21年度は全国の都道府県で唯一、岐阜はゼロだった。そもそも措置診察率が10・6%と低いが、数少ない移送の局面を担ってきたのが、警察官の運転するパトカーだった可能性を示唆する。

 平田氏は言う。「千葉の場合は、精神科医療センターの職員が頻繁に保健所や県庁、市役所に行っているので、当事者の対応に必要な情報が行き来する。岐阜県の体制で、果たして情報共有はできているのか」。疑問は尽きない。

 【精神科救急】 精神疾患の急激な発症や悪化で急を要する場合に講じる、当事者や家族らへの医療的な対応。かかりつけ医が外来対応する「1次救急」、自傷他害の恐れはないが入院の必要がある場合の「2次救急」、警察官通報などが端緒になる「3次救急」に分類される。