警察官通報数や措置診察率、措置入院数などは全国の都道府県でそれぞれ異なるが、いずれも制度を動かすのは人。岐阜県の隣、滋賀県は、岐阜と似ている点と、大きく異なる点がある。
国家資格である精神保健指定医は、精神疾患の症状から当事者を強制入院させるかを判断する権限を持つ。2020年度の人口10万人当たりの人数は、岐阜は7・7人で滋賀は7・2人と、ともに全国平均の10・6人と比べて大幅に少ない。一方、措置診察率は岐阜は1割余りにとどまるが、滋賀は全国平均の5割を大幅に超え、7割に迫る。
「うち(滋賀)もまだまだ発展途上です」。滋賀県精神保健福祉センター(草津市)の北川肇副所長は苦笑いを浮かべる。
滋賀は09年、精神保健福祉士や保健師といった「専門職」と呼ばれる職員がいる福祉センター内に、夜間や休日に対応する情報センターを設置した。県内を3ブロックに分け、各ブロック内の医療機関が順番に対応する輪番制を活用。各ブロックの当番病院は原則、病床と指定医を確保する仕組みだ。当番病院は週ごとに変わるため、特定の病院に負担が集中することが回避された。
◆携帯握り眠る
かつて滋賀は岐阜と同様、保健所主体で警察官通報を受理していた。夜間や休日も保健所職員は専用の携帯電話を自宅に持ち帰り、通報があれば、何時であっても対応していた。「いつ鳴るかも分からない携帯電話を握りしめて寝るのは精神的にきつい」と北川副所長。「夜に1度電話があり現場に出向くことになると、4時間半から5時間ほど帰ることができない。朝帰りも珍しくない」
09年のセンター設置によって、こうした職員の負担を格段に解消。さらに、輪番制の導入で当番の指定医への連絡や措置診察の依頼をしやすくなり、職員が当事者から苦労してかかりつけ医を聞き出す必要などもなくなった。
さらに、指定医不足を緩和するため、滋賀はよりどころとする精神保健福祉法の条文を最大限に活用した。「措置入院」は、自分や他人を傷つける恐れがある当事者を入院させる仕組みだが、指定医2人の診断結果が一致しなければならない。一方、入院期間に制限はあるものの、法律には「緊急措置入院」の規定があり、指定医1人の診断でも済む。21年度、滋賀の緊急措置入院数は89件で、約6割を占める。22年には国から「緊急」が多いと指摘を受けたが、北川副所長は「緊急措置入院があるからこそ、まだ回っている」と語る。
◆食い違う事例
さまざまな工夫で人員不足をカバーしているが、それでも岐阜と同様、現場レベルでの衝突はある。警察に措置診察不要を告げると、納得できない警察官から怒鳴られることもあるという。「措置診察の『不要』を言い渡すのは、やっぱり怖い」とセンター職員で精神保健福祉士の門田(もんでん)雅宏さん。「当事者が地域住民に危害を加えないことを最優先に考える警察にとっての正義が、当事者に合った福祉を重視するわれわれ専門職の正義とは違うからかもしれない」と苦悩を口にする。
滋賀では、県警と各地域の保健所が意見交換をするブロック会議を設け、双方の主張が食い違った「困難事例」を定期的に振り返り、改善を重ねている。門田さんは「当事者のためにも、現場に立つ警察官とは手を取り合う必要がある。どうしたら当事者への福祉が良くなるのかを考えることが一番大事で、どの県ももがき苦しんでいると思う」と語る。
【緊急措置入院】 精神保健福祉法29条の2で定める入院形態。精神保健指定医1人が措置診察し、72時間に限って強制的に入院させることができる。急を要し、通常の手続きがとれない場合に行われる。72時間以上の入院が必要かどうかは、さらに別の指定医2人の診察が必要となる。計3人の判断を仰ぐことになるため、「2人の判断で入院させることができる通常の措置入院より人権に配慮している」との意見もある。