警察署に保護された時のことを振り返る女性。「警察に助けてほしかった」と語った=県内

 「あなたのところの入所者が死にたいと言っている」。昨年3月のある夜、警察官からそう連絡を受けた岐阜県内の福祉施設の代表は、息を切らして署へ駆け付けた。警察が保護していたのは、その月から施設へ通うようになったばかりの20代女性。帰宅後、自分で警察に連絡を取り、「死にたい」と繰り返したという。

 女性には、覚醒剤の後遺症からくる精神疾患があった。覚醒剤取締法違反の容疑で複数回の逮捕歴がある。「刑務所へ戻りたい」。女性はそう大声を上げ、椅子を振り上げようとするなどして署内で暴れ始めた。自分や他人を傷つける自傷他害の恐れがあった。警察官は県内の精神科病院に連絡を取り、福祉施設の代表には女性の入院を勧めた。日付をまたいだ深夜に、女性の入院が決まった。

 自傷とは言葉の通り、自分の身体を傷つけて命の危険にさらす行為を指す。ただ、実際には自傷のみで措置診察の対象になることは少なく、他害行為の事実を捉えて診察につながることが多い。

◆自助から公助

 警察官通報を一括して受理する仕組みを築く群馬県の拠点、精神科救急情報センター(前橋市)は岐阜新聞の取材に、年間500件を超えるようになった警察官通報の「内訳」を明かしている。すなわち、自傷他害の恐れがある人を見つけた場合に警察官が行う通報の、自傷と他害のケースがそれぞれどのぐらいあるかという割合だ。

 センターによると、設立当初の2004年度時点では10%に満たなかった自傷の割合が、21年度には35%にまで上昇している。佐藤浩司所長は「近年は国の自殺対策施策も相まって、自傷案件も積極的に通報するようになってきている」とし、家庭や地域の自助でなく、警察などの「公助」を頼りやすくなってきたことも背景にあると指摘する。

 岐阜県で内訳は公表されていないが、自傷事案の増加をうかがわせる統計が、相談業務などに当たる県精神保健福祉センターで毎年発行する所報にある。センターなどが受ける電話相談の内容は、21年度の「自殺関連」が217件。74件だった16年度の3倍近くに膨らんでおり、20年の新型コロナウイルス感染拡大以降の増加が顕著だ。

◆よりどころを

 「助けてほしかった」。女性は福祉施設の一室で記者の取材に応じてくれた。

 あの日、施設では確かに笑顔でいられたが、アパートに帰って独りでいると言い知れぬ不安に襲われた。そうして気がつくと、スマートフォンを握りしめていた。「警察なら救ってくれると思った」

 パトカーで自室から署へ連れ出してもらったこと。やがて施設の人がやってきて、押しつぶされるような感覚に襲われたこと。施設の人に迷惑をかけるぐらいなら死んでやろうと思ったこと-。署で暴れたことも覚えている。

 警察官通報の約9割が措置診察につながらない問題に対し、岐阜県は他県の事例も参考に、通報を受理する仕組みを整える検討に入る。ただ、これらは制度の「入り口」に過ぎない。退院後などの「出口」にも、よりどころを求めてもがく当事者がいる。

 女性は昨年4月に退院した後も、精神科病院への入退院を繰り返している。「ずっと自分の居場所を探してさまよっている感じです」。左腕に刻まれた無数の切り傷の痕を長袖シャツの下に隠しながら、とつとつと打ち明ける。

 わたしたちの社会で精神疾患を抱えて生きる人たちを、誰が救い、どのように支えるのか―。それぞれの現場で苦しみを背負う人たちもまた、葛藤している。

=第3章おわり=


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