2021年度、県庁に通報対応を担う専門班を置いた愛知県。長い年月をかけて議論を深めてきた=愛知県庁

 「家の中で暴れる、そして窓ガラスを割る。そういうことが起きてもね、なかなか入院に結びつかなくてね、半年も1年も家族の中で泣きながら暮らしているということが非常に多くて」-。愛知県の精神保健福祉施策について関係者が調査・意見する地方精神保健福祉審議会。措置入院数の少なさが議題となった2014年9月の会議録に、当事者家族の生々しい発言が記録されている。

 発言の主は、愛知県精神障害者家族会連合会の木全義治さん(80)。弟が統合失調症で、当事者家族らでつくる連合会の会長を務めていた。14年度当時の愛知県の措置診察率は12・1%。全国平均は47・4%で、現在の岐阜県と同様、大幅に少なかった(当時の岐阜県は1・0%)。

 審議会の別の出席者が投げかけた。「この件に関して、私は何度も文書でお伝えしております。医療機関も困っている。ご家族はもちろん(困っている)。いかがでしょう」。「(措置入院が)無用に多くなるのは人権の問題からして大きな問題をはらんでいると思うが、極端に少ないとしか言いようがない」。近年の岐阜県と、よく似た状況だったことが見てとれる。

◆診察率が上昇

 愛知県は15年、改善に動き出す。各保健所の担当者らを交えワーキンググループを組み、「保健所が病院に電話で個別に照会するため、精神保健指定医の確保に時間がかかる」といった課題を明確化。通報受理や調整の専用窓口を設け、対応を迅速にするなどの方向性を固めていった。

 新たな仕組みの導入は21年度。愛知県の措置診察率は、同年度には今の岐阜の2倍以上となる25・9%に上昇した。愛知県の担当者は取材に「あらゆる情報が集約されるようになり、現段階で大きな課題はない。この方式を今後も続けていく予定」と答えた。

 一方で、ここでも当事者の移送の問題が露呈している。20年1月の会議録。「法上では移送は都道府県の責務。現状は愛知県警の皆様のご好意によって搬送していただいてる状況」「今まで私どもがだいぶ県警の方に依存して、甘えていたところもありますので」-。事務局を務める愛知県の幹部が打ち明けていた。保健所では移送のための人員体制がなく、当時は移送用の車も備えていなかった。

 木全さんに話を聞くことができた。暴れる当事者を前にどうにもできなくなった時に頼れるのは警察官だが、「家族からすれば、できることなら警察に介入してほしくないという本音はあると思う」と吐露する。警察がパトカーで自宅へやって来れば、近隣住民の奇異の目にさらされるため、110番をためらう家族が少なくないという。

◆当直長の裁量

 岐阜県で移送はどうなっているのか。岐阜地域の警察官は「通報者が要望すれば、パトカーでなく一般車両のような車で向かうこともある」と明かす。ただ、県警共通の規定はなく、110番受理時の署の状況に加え、夜間には当直長を務めるベテラン警察官の裁量によることが大きいという。一方、県内の精神科病院の指定医は「当事者を保護した後、警察署から病院へ移送するのは本来は行政の責務。岐阜では、そのまま警察に移送までしてもらうのが当たり前になってしまっている」と実態を明かす。

 愛知県は、民間の運送業者と移送に関する契約を締結し、行政職員が立ち会って県主体で行う方式に改めた。暴れる場合に警察官が同席することもあるが、当事者や家族らへの配慮からパトカーは使わないことになった。

 「愛知県が責任を持つ部分が広がったのは前進」と木全さん。「ただ、全ての県が同じ仕組みでやるのが難しいのも分かる」。家族会では、そもそも警察官通報、そして措置入院の制度自体に無理があるのでは-との声も上がる。

 【地方精神保健福祉審議会】 精神保健福祉に関する事項を調査審議させるために、都道府県が条例で置くことができる機関。知事の諮問に答えるほか、関連事項について知事に意見できる。岐阜県でも設置しているが、会議や会議録は非公開にしており、委員名簿も公表されていない。