10月15日、私は「うるまの煙草(たばこ)」を吸うためだけに沖縄行きのエアーに乗っていた。

 Awich(エイウィッチ)という沖縄生まれの女性ヒップホップシンガーを教えてくれたのは、ある年下の友人だ。元々、女性の作り手に強いシンパシーを感じる方で、好きな歌手も小説家も歌人もほぼ女性。まだまだ男性優位の文化や芸術の分野に身を置いているのに、私の中の文化シーンの主な登場人物は女性ばかりで、彼女らの作品に励まされると、この世は甘い匂いと温かい励ましと艶やかな質感のパラダイスになる。

撮影・三品鐘

 そんな私が、壮絶な生い立ちと強いポリシーを艶やかなロングヘアと赤いルージュで歌うAwichにどハマりして、彼女のリリック(歌詞)に出てくる「うるまの煙草」を吸うために、沖縄に行ったことを何人かの友人に話すと「聖地巡礼ってやつね」と皆笑った。

 彼女の曲「Queendam」では自身の生い立ちの肯定と「島のカルマ」を歌い、「GILA GILA」では自身の登場を高らかに「女神降臨」と歌い、「どれにしようかな」では自分が選ぶ側である強さを歌う。その自信が鼻につかないのは、やはり曲の行間から、それが彼女の痛みや苦しみを自分自身でエンパワメントするために歌っていると分かるからだろう。

 私は全部私のものだ。歌集「眠れる海」を出してからだろうか、この言葉が自分から出て、自分に強く突き刺さった。誰も誰かの人生の責任は取れない。誰かの喜びも悲しみも所詮(しょぜん)想像の範疇(はんちゅう)に過ぎない。でもこうして訪れた沖縄で感じる喜びや悲しみは、確かに私だけのもので、誰にも奪うことができないのだ。

 滞在2日目にはスキューバダイビングに挑戦した。ここしばらく自分の体が煩わしく感じていた身に、ぴったりとしたウエットスーツがあてがわれる。その輪郭と体感は確かに私のもので、それは誰にも奪うことができない。インストラクターに手をひかれ、海底の白い砂に触れる。海底は青く、やさしくて、自分の呼吸と心音にぴたりと合わさった。

 海から上がったクルーザーの上で、相棒の「うるまの煙草」を吸う。ナチュラルだけど手強(ごわ)い、原始の味だ。ダイビングもそろそろ終盤。あとは一人、夕食の時間だ。さて、「どれにしようかな」。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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