2月も半ばの寒波のなか、白い息を吐きながら大きな荷物を持って三品鐘のスタジオを訪れる。荷物の中身は、ノースリーブのロングドレスにロンググローブ、ヒール靴、幾つかのテイストの違うアクセサリー、細巻きの煙草(たばこ)とライター。そう、今日は撮影だ。

 7年前に出した写真歌集「眠れる海」は写真・三品鐘と衣装・リアナンシーとの共作だ。その頃、自分の創作の気質で気がついたことがあって、私は体ごと創作の沼に入っていく人間だということだ。環境が人を変えるというけれど、私はそれが顕著らしい。

撮影・三品鐘

 今は随分控えているけれど、もし毎日の生活にお酒と煙草があったなら。その逆でハーブティーを飲む生活だったら。普段コンサバティブなファッションに慣れていたら、あるいはボーイッシュなファッションをしていたら。私の作品はまたそれぞれ大きく変わるだろう。

 そんななか、しばらく出版もしておらず、自分のセルフイメージがそこまで更新されていない私は、周りの印象もあり自作や考え方がマンネリ化していると感じていた。それを変えるのは、やはり環境と周りからの視線だろう。そう思って三品鐘に、これを機に定期的な写真でのセッションへの協力をお願いした。今までも定点観測的にフォトセッションをしてきたけれど、もう少し自発的に自分の姿を意識することで、作品が変わるものがあるはずだ。環境や印象が変わらないなら自分から変えていけばいい。こういう逆転の発想ができるところが私らしさだな、と思い、その思いに至るときにまた自分の強みを発見する。

 三品鐘に幾つかのキーワードを提示して、撮影が始まる。作家はナルシストでないとなれないというから、もうここは開き直っていいだろう。そうして順調に撮影されていく写真の表情や、仕草(しぐさ)が、自分の中で言葉になって広がっていくのを感じる。そう、このムード。この気分。その気分のつもりだったけれど、こういう気分もありかも。そうやって写っているのは身体的な私でしかないけれど、やっぱりどこかで言葉の世界ともつながっている。今ノースリーブの肩に滑らせる薬指を、天気で、花で、色で、言葉で形容するなら。体でアクセスする言葉の世界。狭いスタジオは大きな世界につながっていた。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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