7月27日、岐阜市内で開かれた第2回関係者検討会議。オブザーバーとして参加した岐阜地検や岐阜保護観察所などの関係者からは、通報が措置診察につながらないことへの疑問が具体的な事例と共に語られた。「不透明な基準で診察の機会が奪われることで(自傷他害)行為が繰り返され、エスカレートする恐れを心配している」「重大な他害行為を未然に防ぐセーフティーネット。関係機関が円滑に連携できる体制整備をお願いしたい」
だが、こうした声を出席者の一人が一蹴する。「再犯防止に不可欠と言われるが、精神保健福祉法はその人の社会復帰や自立を支援していくものだ」。岐阜保健所の稲葉静代所長。措置診察の要否判断を、最終的に決定する権限を持っている。
精神保健福祉法に基づき通報する側、通報を受ける側との間には、法の目的や認識を巡って、ずれが生じている実情が浮かぶ。
警察官や検察官、保護観察所長などの通報には、当事者が病識を持てないまま地域へ戻り、犯罪や再犯に及ぶことがないようにといった意味合いが含まれる。特に警察の場合には、警察官職務執行法という別の法律に基づき、当事者を「精神錯乱」などとして一時的に保護することが、警察官通報のきっかけになることが多い。一方で、県保健所は「犯罪抑止や再犯防止は精神保健福祉法には入っていない」との立場だ。
◆コロナの影響
「同じ言葉を使っていても、意味合いが異なることがある。話をしてみて初めて分かることもたくさんある」。県保健所を管轄する県健康福祉部の担当者は、関係者間のコミュニケーション不足を明かす。「私たちとしては、警察などの関係機関とはずっと連携を取ってきたと思っている。ただ、新型コロナウイルスの影響もゼロではなかっただろう」。コロナ対策の最前線に立ち、今も総出で対応に当たる保健所。精神保健福祉分野が担当の職員も、感染の波の高さによっては“本業”に充てられる時間が減ることもあった。
「目的は違うかもしれないが、関係機関の考えを否定はしない。普段思っていることを出し合って、互いに理解し合える場にしていく」。県が新たな方向性として示した、精神医療の専門家らを交えた意見交換などの検証体制には、そうした狙いがある。
ただ、それだけで直ちに拭い去れない溝があることは、通報権を持つ関係機関への取材からも明らかだ。
千葉大社会精神保健教育研究センター(千葉市)の椎名明大特任教授は「『通報制度は死に体だ』といったイメージがついてしまっている。互いの立場、資源の乏しさなどの問題を共有する必要がある」と、一歩踏み込んだ連携の必要性を投げかける。「通報しても意味がない」と、当事者を精神科病院へ移送することもある警察。具体的な理由のない診察不要通知で距離を取る保健所-。「そんな状態が常態化し、それぞれの関係が悪化していくのはまずいこと。よく話し合い、いい落としどころを地域ごとに見つけていければいい」と提言する。
◆合同で研修会
5月から11月にかけて県が開いた関係者検討会議では、来年度から新たに、県保健所と県警が合同で研修会を開いていくことを決めた。精神疾患の当事者に的確に対応するため、認識を擦り合わせる狙いがある。
通報制度は主に統合失調症の当事者への対応を基本にして組み立てられており、近年は発達障害や認知症など症例の多様化によって、判断が難しいケースが増えていることも背景にある。双方とも定期的な人事異動があるため、さまざまな疾患や症状などに理解を深めることで、対応に磨きをかけていく機会にする。
「もっと勉強しなければいけないと、ずっと思ってきた」「擦り合わせが大切なのはみんな同じ思い」。岐阜地域の署の警察官たちが語る。「足並みがそろわなければ、やれるものもやれない」「困っている人のためなら、われわれはどれだけでもやりますよ」。県が示した新たな方向性は、確かな変化を信じさせるものになっている。
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