岐阜大学精神科医 塩入俊樹氏

 「発達障害」と診断されたからといって、必ずしも、すぐに治療が始まるわけではありません。子どもの場合、個々の発達にそもそも凸凹があるのが普通ですから、そのお子さんの心の発達・成長を温かい支援の目で、周囲の人たちが見守っていく姿勢が最も大切です。

 しかしながら、治療が必要な場合もあります。社会適応上、重大かつ継続的な問題が生じる場合ですが、これは二つに大別されます。一つは「発達障害」特有の症状が極端に強い場合。そしてもう一つは他に何らかの問題、特に情緒的異常が認められる場合です。

 治療の両輪は、薬物療法とそれ以外の心理・社会的アプローチです。特に、後者は欠かせません。患児が、それぞれの「個性」を生かして生活するためには、家庭だけでなく、学校、職場、行政・福祉などさまざまな立場からの支援、努力、働き掛けが必要です。それを「療育」と言います。

 療育とは文字通り、治療+教育、あるいは医療的な育成のことです。大切なのは、周囲の人に「発達障害」の理解を深めてもらい、彼ら一人一人に合った環境に調整・整備していくこと。そして適切な個別プログラムにのっとって、教育や訓練を行っていくことです。

 患児は、成長と共にできることも当然増えていきます。早期に適切で十分な療育を行うことで、失敗体験による自尊心の低下や孤立を防ぎ、社会の中で生きていくスキルと支援が得られれば、社会適応が広がり、社会人として自立し、家庭を持って生活することも可能です。

 一方で、療育が早期に適切に行われなかった場合、配慮なされていない日常生活における、さまざまな心理的ストレスやトラウマを経験し続けることで、さらなる情緒面への悪影響が想定されます。早期の周囲の理解が適切な治療につながるのです。

 主な「発達障害」には、「知的能力障害(ID)」「自閉症スペクトラム障害(ASD)」「注意欠如・多動性障害(ADHD)」「限局性学習障害(SLD)」「チック障害(TD)」などがありますが、薬物療法によって「発達障害」特有の症状を軽減させる可能性があるものは、ADHD(抗ADHD薬)とTD(抗精神病薬など)です。その他の疾患では、残念ながら"特有の症状自体に効果のある薬物はない"というのが現状です。とは言え、臨床の現場での薬物療法のニーズは決してまれではありません。

 最も薬物療法を必要とするケースは、「発達障害」そのものの症状ではなく、むしろ2番目、つまり併存する情緒的異常が著しい場合です。例えば、ASDのささいなことですぐに不機嫌になる性質(易刺激性)に対しては、2種類の抗精神病薬の追加適応がなされたのは記憶に新しいところです。

 「発達障害」では、コミュニケーションの仕方やこだわりの特異性、感覚過敏、あるいは不注意や多動といった行動の特徴など、いわば「個性」とも捉えられる心理的発達の偏り、アンバランスさが極端に目立つことによって、小児・児童期の日常生活に重大な支障(=社会不適応状態)を来します。全ての子どもたちの将来に対して責任があるわれわれ大人が、まず「発達障害」を理解し、希望ある素晴らしい未来を彼らに提供していきたいものです。

(岐阜大学医学部付属病院教授)