投手は球速、打者はスイングスピードがベンチ入り全員140キロ超え―。今夏の全国高校野球選手権岐阜大会で3連覇は逸したものの27日に開幕した秋季県大会でも優勝候補筆頭に挙げられる県岐阜商。高いフィジカルの秘密はパワーだけでなくスピード、柔軟性を総合的に数値化し、弱点を徹底的に克服する科学的トレーニングにある。同校が年3回行い、役立てているのがスポーツ用品メーカーZETTの身体能力測定「アスリートテスト(通称ゼット測定)」。強豪校を含む全国250を超える高校野球部が取り組み、県岐阜商は部員平均値が毎回、全国1位を続ける。今回も1位となった新チーム発足直後のテストに密着し、名門の強さの秘密に迫った。

専用機器を使った最大筋力の測定に臨む主将日比野=県岐阜商高室内練習場

筋力、柔軟性、運動能力を総合的に数値化

 「うぉー」「おりゃあ」。最大パフォーマンスを発揮しようとナインが発する雄たけびが、室内練習場にこだまする。今回、県岐阜商では卒業後も競技を続ける3年生を含め約60人を3班に分け、測定。検査は20項目で、体重や体脂肪率など形態測定はもちろん、ベンチプレスやスクワット、握力、背筋力、レッグエクステンションなど最大筋力、肩や股の関節可動域、前屈などの柔軟性、30メートル走やメディシンボール投げ、スイングスピードといった運動能力と多岐にわたる。

 

 ZETTが、テストを始めたのが約30年前。開発に深くかかわったのが、社会人野球のパナソニックで選手、監督としてアマチュア球界第一線で活躍していた鍛治舎巧監督。当時から選手の能力を数値化し、見える化によって高めていく手法で結果を出していたが、現場目線での的確なアドバイスが、開発に大きく寄与し、今でも鍛治舎監督のアドバイスでよりよい内容に進化している。

 20ある測定項目のうち、同社独自の強みが最大筋力の専用測定機器。3台を保有し、9人のスタッフが全国を3地区に分け、最大1日3校を測定している。すべての数値は個々の評価シートで表され一目瞭然。筋力や左右、前後のバランスもグラフ化され、欠けている項目を集中的に鍛え、すべての能力を効率よく高める最適の指標となる。

レッグエクステンションの測定を行う葛山

 膨大なデータは学校全体の数値もランキング化。昨年5月に初めて浦和学院(埼玉)に抜かれたが、すぐさま抜き返した県岐阜商は全国の目標。同社担当の桐畑純一さん(45)は「県岐阜商はどんなトレーニングをしているのか教えてほしいと言われますが、地道に続けている努力の成果だと思います」と語る。

 テスト受検回数は学校によって異なるが、同校では新チーム発足直後の8月下旬、オフシーズンに入った12月下旬、シーズンイン直後の5月上旬の3度実施。前回との比較で選手のモチベーションになっている。

チーム中でも筋力合計値が高いエース森、背筋力測定に臨む

選手らの大きな目標 県全体のレベルアップにも

 県岐阜商が初めてテストを受けたのが鍛治舎監督就任前の2017年12月。「就任が決まったので現状を把握したかったが散々な数値だった。これでは勝てないとフィジカルアップを徹底した」と鍛治舎監督。すぐさま全国1位になった。

 同テストの最大筋力8項目の合計数値が千キロを超えるかどうかがプロ入りの指標と言われる。同校では大学侍ジャパンの佐々木泰(青学大3年)や一学年下で広島入りした高木翔斗らはもちろん、高校時代にクリアしていた数値だが、今年5月のテストでは何と18人が千キロ超えした。

スイングスピードの測定を行う垣津

 控え選手が多く含まれているのが特徴で、鍛治舎監督も「ベンチ入りできなくても、個々が頑張れる新たな目標になっている」と語る。今回のテストでもレギュラークラスは大会続きの時期のため、例年同様、数値が落ちたが、数値が上がった控え選手が満面の笑顔で鍛治舎監督に報告する姿が印象的だった。

 鍛治舎監督の影響で県内では公立普通科も含め多くの学校がテストを受けている。特徴的なのが、県野球協議会による中学の硬式、軟式それぞれの選抜チームの受検。中学年代で自己のさまざまな数値を把握していることは、高校野球に入る上で大きい。同社担当の桐畑さんも「中学選抜チームでの実施は全国では珍しく岐阜県は先進県。県全体での取り組みは、地域活性化にもつながる」と語る。

最後に行われた全体講評で、個々の測定結果シートに基づき、今後のトレーニングについてアドバイスを受ける選手ら

 鍛治舎野球の根幹であるパワー、スピードを支えるフィジカルアップの重要ツールである「アスリートテスト」。県野球界全体のレベルアップにつながる大きな可能性を秘めている。

 森嶋哲也(もりしま・てつや) 高校野球取材歴35年。昭和の終わりから平成、令和にわたって岐阜県高校野球の甲子園での日本一をテーマに、取材を続けている。