脳神経外科医 奥村歩氏

 最近「もの忘れ外来」では、ある状態の患者さんが増えています。それは「コロナ脳過労」。新型コロナ感染症に対する不安が過剰になって心身の健康を崩してしまう状態です。

 例えばKさん(65歳女性)の場合。「認知症になってしまいました。頭がぼんやりして、何もできません。体調も優れません」と当院を受診しました。伺うと、Kさんは人や物の名前が出て来なくなってきました。さらに、今まで得意だった料理が苦手に。料理の献立が思い浮かばず、手際も悪くなったのです。

 Kさんはコロナのことが頭から離れず、憂うつな状態が続いていました。そして体調も次第に不安定に。動悸(どうき)や息苦しさを感じ、微熱も認めました。他院で心臓・肺検査や新型コロナのPCR検査が行われましたが、結果は陰性。体調不良は原因不明とされていました。当院のMRI(磁気共鳴画像装置)でも異常はありませんでした。しかし大脳心理検査では、前頭葉機能が著しく低下していたのです。

 Kさんの診断名は「脳過労」による、うつ病性仮性認知症。これはアルツハイマー病やレビー小体病が原因となる認知症ではありません。手当てをすれば改善する"認知症によく似た状態"です。Kさんは、脳内セロトニンを治療する薬と認知行動療法で元気を取り戻しました。うつ病性というと「心の病」というイメージがあります。しかし医学的には、神経伝達物質と呼ばれる「脳内エネルギー」が枯渇して、脳が疲労した状態なのです。

 誰しも、環境の変化(家庭・職場)や病気、老化によって「脳内エネルギー」は減少します。さらに、コロナ社会のように不安感が継続すると脳も疲れます。「脳過労」では表のような症状が現れます。脳の情報処理能力が低下するため、記憶力や思考力が低下し認知症によく似た症状を呈してきます。

 「脳過労」では、身体も不安定になります。脳は身体の状態も調節しているからで、さまざまな体調不良が現れます。身体に原因があるわけではないため、一般の検査では異常を認めません。そして「脳過労」では、心持ちが悲観的になります。Kさんもコロナや認知症のことを過剰に不安がっていました。「脳内エネルギー」は、さまざまな心配事にも「備えあれば憂いなし」と前向きに考えて生きるのに役立っています。これが枯渇すると、私たちは不安に押しつぶされてしまうのです。

 「脳過労」の対応では、「脳内エネルギー」を蓄えるように行動を変えることが重要です。時には煩わしい人間関係や、不安をあおるSNSの情報に振り回されないための用心が必要です。そして、日光浴や自然浴は「脳内エネルギー」を蓄えるのに、いつの時も効果的です。近場の散歩で、梅の香り、ウグイスの声をめで、五感で四季の移り変わりを楽しんでください。それでも心身のつらさが改善されない場合は、心療内科の受診を考えてください。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック院長)