今年も鵜飼が始まった。ここ数年、鵜匠の乗る鵜舟が毎年1艘(そう)ずつ新しくなっているのをご存じだろうか。岐阜市と岐阜長良川鵜飼保存会が舟大工の育成に取り組んでいるのだ。夏の間は舟を操る船頭たちが、冬は舟大工として舟を造る。私は一般社団法人「技(ぎ)の環(わ)」を立ち上げる前、彼らが使う道具の調達に関わった。
文化財や伝統工芸を縁の下で支えるのは、道具を作る鍛冶職人たちだ。鵜舟の場合、1艘あたり千本もの舟釘(くぎ)を使う。釘を打つための下穴は、モジと呼ばれる尖った道具で開ける。和船の研究者がこの地域だけに見られるという独特の道具だ。木の板と板を隙間なく貼り合わせるために、やはり独特の玄能(金づちの一種)を使う。これらの道具を、県内の3人の鍛冶職人が作っている。
舟釘は、各務原市の廣瀬清一さん(77)が作る。祖父が創業した「かじ清」の3代目だ。鍛冶職人は刀を作る刀鍛冶、鉋(かんな)やノミなど特定のものだけを作る専門鍛冶、何でも作る野鍛冶に分かれるが、廣瀬さんは野鍛冶で、主に鍬(くわ)や鋤(すき)などの農機具を作り修理も引き受ける。廣瀬さんは舟釘のほか、松明(たいまつ)を焚(た)く篝(かがり)も作る。
モジは、羽島市の淺野太郎さん(48)にお願いした。淺野さんは刀鍛冶だが包丁を作ったりワークショップを行ったりと幅広く活動している。実は保存会では当初、県外の鍛冶産地にモジを注文したが、用途が分からない遠方の鍛冶職人には細部の仕様が伝わらず、使えないものができてしまった。そこで淺野さんには舟造りの現場を見てもらい、試作を経て目的通りのものを作ってもらうことができた。
玄能を作ったのは佐野元治さん(57)だ。佐野さんは包丁や小刀を作っていた関市最後の鍛冶職人から技術を学び、可児郡御嵩町に工房を構えた。実は佐野さんは岐阜市長良に生まれ、鵜飼を見て育った。だから故郷の文化に携われることを誇りに思ったそうだ。佐野さんの銘「元平」の文字が入った玄能は、これから長く鵜舟造りの現場で使われることになる。
木工機械や電動工具の発達した現代ではこうした手道具を使わなくても、ドリルで穴を開け、ビスで留め、接着剤で隙間を埋めれば舟はできる。しかし長良川の鵜飼漁の技術は国の重要無形民俗文化財、つまり保存継承が必要だと国が認めた大切な文化なのだ。だからこそ舟造りも伝統に則(のっと)る必要があり、その道具を作る鍛冶職人たちは例えるなら道路や空港のような、文化の継承に欠かせない「インフラ」だと思っている。そのインフラを維持するのが、私たち技の環の役割だ。
(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)
【一般社団法人「技の環」】
伝統技術の現場の課題解決に向け、県内の職人と国や県、関係者をつなぐ中間支援組織。職人からの相談に応じて後継者育成、専用道具調達、原材料確保などを行う。メンバーは久津輪代表理事のほか県工業技術研究所長などを務めた村田明宏さん、工芸コーディネーター・蓑谷百合子さん、大滝絢香さん。