刀匠の福留房幸さん(40)が梅雨の晴れ間に炭を切っていた。長さ40センチほどの松の炭をナタで4~5センチ角にしていく。松炭は火力があり火持ちもするのでバランスが良く、昔から鍛冶仕事には松炭と相場が決まっている。大きいままではすぐに火力が上がらないので、刀匠が好みの大きさに切って使うのだ。
福留さんは苦労人だ。福岡県出身で高校の頃から鍛冶屋に憧れ、2005(平成17)年に関市の二十五代藤原兼房刀匠に弟子入りし、6年後に独立。お金を貯(た)めてようやく自分の工房を建てた直後、平成30年7月豪雨で津保川が氾濫し、建物が流されてしまった。工房開きをわずか1週間後に控えた時だった。振り出しに戻って知人の作業場を借りて仕事を続け、昨秋ようやく関市の別の場所に工房を構えることができた。「魅力があるから続けているけど、刀を作ることだけでは赤字です」という。
今、その福留さんを悩ませているのが松炭価格の高騰だ。修業時代は1俵(12キロ)2200円だった松炭がどんどん値上がりし、今は送料を含めると8千円を超える。日本刀を一振り作るのに少なくとも20俵は使うため、燃料代だけで16万円になってしまう。まだ若手で作品の価格を上げられない福留さんにとっては、これほど値上がりすると利益が手元にほとんど残らなくなる。かといって松炭の代わりに割安なコークス(石炭から作る固形燃料)などに切り替えるわけにもいかない。コークスには硫黄やリンなどの不純物が含まれ、仕上がりの感じが変わるほか、錆(さ)びやすくもなるためだ。
伝統技術の継承を支える私たち技の環では、関伝日本刀の刀匠や研磨・外装の職人に聞き取り調査を続けてきたが、一番深刻なのがこの松炭の課題だった。刀匠会に所属する刀匠は10人いるが、最近は会えば松炭の話になるといい、中には自ら炭焼きを始めざるを得なくなった刀匠までいるそうだ。
燃料用の黒炭(松炭を含む全体)の生産量は岩手県が年952トンと最も多く、熊本県、北海道と続く。岐阜県はわずか8トン余で、事業者も7軒しかない(令和5年、特用林産物生産統計調査より)。関の刀匠10人で合計13トンの松炭を使うため、県内で賄うことは到底難しく、ほとんどが岩手県から購入している。しかし岩手県でも大手の炭問屋が去年までに1軒廃業するなど、価格高騰に加えて供給も不安定になりつつある。
松炭が途絶えれば福留さんは日本刀を作り続けられず、関市は「刀都・関」の看板を下ろさなければならなくなる。今年度、技の環では県内外の製炭事業者を訪ねるなどしてこの課題に重点的に取り組む予定だ。
(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)
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