一般社団法人・技の環は、岐阜県内の伝統技術の継承を支援するため昨年2月に設立した。美濃地域と飛騨地域にそれぞれ2人のスタッフがいて、現場の職人、組合、自治体職員などから課題を聞き取り、解決に向けた調査や支援を行っている。これまでは原材料や道具の確保に関する相談が多かったが、初めて後継者育成に関する悩み事の相談を受け、いま対応に当たっている。
相談は、ある伝統工芸の組合の事務職員から寄せられた。ある職人のもとに後継者を目指す研修生が1人入ったが、2年ほどたったところで職人と研修生の関係が悪くなってしまったという。職人は70代半ばで、息子が継がなかったため引退するつもりだった。しかし重要な工程を担っているため組合が公募し、入ったのが現在の研修生だ。その人は30代半ばで、別の仕事をしていたが、伝統工芸に魅せられ後継者を志した。研修期間は3年間で組合から補助金が出ている。
職人は需要が多かった時代を生きてきたから、知識や技術を膨大に蓄えている。技術は教わるものではなく先輩から盗むものだったため、教え方が分からない。それなのに3年間ですべてを伝えなければと焦り、ついいら立ってしまう。一方、研修生はその工芸品に魅力を感じているものの、原材料や道具の調達も難しくなる中で職人の持つ知識や技術をすべて受け継ぐことができるのか、途方に暮れている。こうした技術継承の悩みはどんな職業にも共通する部分はある。しかし伝統工芸の分野で特殊なのは、工房という閉鎖空間の中に職人一人と弟子一人が置かれ、相談相手がいないことだ。
この分野で私たちがお手本とする活動を続けているのが、東京の荒川区立荒川ふるさと文化館だ。荒川区では優れた職人を独自に無形文化財保持者として認定し、補助金を出して後継者の育成を支援している。ユニークなのは研修生に毎月補助金の書類を持参してもらい、文化館の学芸員たちが面談を行って悩みを聞き取っている点だ。また、職人からも会議の場などで話を聞き、研修の進捗(しんちょく)や指導の悩みを小まめに把握している。職人たちからは「ふるさと文化館がなければ今のわれわれはいない」と感謝されているそうだ。この制度の立ち上げから関わる学芸員の野尻かおるさんは「私たちは彼らにとってのカウンセラーみたいな存在でもあります」と言う。
冒頭の相談に対しては、技の環スタッフ2人が職人と研修生それぞれに詳しく聞き取りを行い、組合職員と共に今後の研修方針を検討した。その上で、残りの研修期間内に伝える内容を絞り込んで指導してもらい、定期的に技の環スタッフが面談して伴走する予定だ。技の環は職人と研修生の間にいる、心の支えでありたい。そう願って活動している。
(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)
【技の環の窓口】 人(後継者育成)、原材料、道具など、伝統技術の継承に関する課題の相談を受け付けている。県からの受託事業のため、県内の伝統技術に関わる相談は無料。申し込みは技の環ウェブサイトの入力フォーム、メールcontact@ginowa.org、または電話080(4401)6872より。