5月18日に行われた「第3回飛騨漆の森復活植樹祭」。4歳から78歳まで43人が参加した=高山市上切町の赤保木植栽地

 15年にわたる壮大な植林事業が高山市で進んでいる。NPO法人飛騨漆の森プロジェクト(愛称「ひだうるP」)の活動だ。漆の木から種を拾い、苗を育て、耕作放棄地などを借りて整地し、育った苗を移植する。1年に600本ずつ植え、15年後にようやく漆の幹から樹液を採取できるようになる。以降は持続的な森づくりと漆の生産を目指している。

 なぜ今、飛騨で漆の植林なのか。飛騨地域には江戸時代初期から続く漆塗りの伝統工芸品、飛騨春慶がある。高山祭や古川祭の祭り屋台を彩るのも漆で仕上げられた装飾だ。現代家具でも漆仕上げの製品を持つメーカーがある。ところが飛騨で使われる漆の多くは中国から輸入したもので、日本全体でも国産の漆は需要量の9%程度を賄うに過ぎない。しかし中国では経済発展が進み、貧しい農村からの出稼ぎなどにより漆の生産者は減っている。外国産に頼っていてはいつか飛騨の伝統を守れなくなるかもしれない。そんな危機感を抱いた有志がこのプロジェクトを立ち上げた。

 とはいえ木を育てるのは簡単ではない。積雪の多い飛騨では苗が雪で折れてしまうため、雪が降る前に苗を根から掘り起こし、畑に寝かせて藁(わら)を敷いて越冬させる。苗を植栽地に移した後は、下草に覆われて枯れないよう、暑い夏に何度も下草刈りが必要だ。さらに近年はシカの食害から守るため、電気柵を張り巡らせる必要もある。実は飛騨地域では1960年代から業界や行政が主導して何度か漆の栽培を試みてきたが、豪雪や霜などの被害で持続的な漆の生産には至らなかった。

 「ひだうるP」の活動で際立つのは、参加者の多彩さと明るい雰囲気だ。伝統工芸士、家具メーカーの職人、林業関係者、漆の研究者などが集まる。教育機関とも連携していて、イベントには林業系の森林文化アカデミー、木工系の木工芸術スクール、森林たくみ塾、飛騨職人学舎の教員や若い学生たちが参加する。高山市役所からは商工振興課、文化財課、森林政策課、ブランド戦略課の4課の職員が来ていたのには驚いた。官民を挙げて、飛騨の文化をつなごうという空気が感じられる。

 これまでは地元のボランティア主体の活動だったが、今年からは有給スタッフを置く試みも始める。ひだうるP副理事長の村田明宏さんと理事の蓑谷百合子さん(2人は技の環の理事でもある)が、高山市の地域おこし協力隊の受け入れ団体に応募して採択されたのだ。現在募集中で、採用されると漆の森づくり、漆の需要調査、漆製品の販売体験などに携わることになる。移住してくる協力隊員が飛騨の漆文化をどう未来へつなげるか、楽しみだ。

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

 【高山市の地域おこし協力隊員】 8月20日まで申し込みを受け付けている。おおむね20歳から40歳までが対象。採用されると高山市から人件費や活動経費が支給される。問い合わせは高山市地域政策課まで。



 
 くつわ・まさし 1967年生まれ。岐阜県立森林文化アカデミー教授、技の環代表理事。NHKディレクターとしてクローズアップ現代などを担当。高山市で木工修業後、イギリスで家具職人を経て現職。著書に「ゴッホの椅子」「グリーンウッドワーク」など。