その日は彼女をカフェで待っていた。会うのは15年ぶりほどになるだろうか。同じ短歌結社にいたが別の結社に移籍し、福岡で子育てと仕事に奔走しているというのが私の以前知っていた彼女の情報だ。それから何年も経(た)ち、ふと送られてきたLINEによると、二人のお子さんももう成人してそれぞれ一人暮らし、お子さんの用で名古屋に寄ることになり、こちらでお茶をする時間が取れたらしい。
年齢差は10歳ほど彼女が上だろうか。彼女の頼もしさの中にも作品に見える傷付きやすさにどこか同じ匂いを感じて、結社を変わってからも数年に一回、ごくたまに連絡を取る間柄だった。と言っても疎遠になったわけではない。なんと言っても私がストレスで体を壊して入院した時、真っ先に連絡したのも彼女だ。彼女は何も余計なことは聞かず、入院食はおいしくないからと福岡明太子のふりかけを送ってくれた。その生活を鑑みる優しさには、却(かえ)って精神の細さを知っている人の強さを感じられた。
乗り継ぎで手間取っているらしく、遅れてくることを詫(わ)びるLINEにスタンプを押すと、穏やかな気持ちで彼女を待つ。と、ドアが開いて、変わらないどころか輝きを増した彼女の顔があらわれる。
「歳月だねえ」と彼女はのんびりと言った。「ねえ」とのんびりした調子で返す。そして私たちはぽつぽつと近況を話した。とは言ってもお互いの脆(もろ)さを知っている中だ。深く重い話になるかもしれないとも思った。それでも会話は滑らかに、昨日会った友達のように進んでいく。と、気になったことがあり、つい口を滑らせる。
「あの、肌綺麗(きれい)すぎ。何やってます!?」「何も特別なことやってないよー」「うそだ、何も特別なことやってないはずはないっ!」「え? まあ、化粧水はこだわってるかな。別のラインのもの組み合わせたり」「それから?」「うーん」「最近シミが気になるんですけど!」「あー、そこまでと思うけど、やるならレーザーじゃない?」「あと、首のシワも」「ああ、上から下にマッサージするんだっけな、あ、逆だったかな」「そんなこと知らないよーーー!他には?」「まあ、週に2回水泳」「めちゃくちゃやってるじゃないですか!!」。うちひしがれる私に、ニヤッとして彼女は言った。「ねえ、毎日ちゃんと水2リットル飲んでる?」
参った! 私が入院した時にふりかけを送ってきてくれた時から何も変わらない。健やかな視点。傷付いたからこそ知っている自愛の心。彼女は何も変わらない。いや、変わったからこそ何も変わらないのが強さなのだ。
そこから毎日、私が水を2リットル飲んでいるのはいうまでもない。変わるからこそ変わらないのが強さなのだ。
岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。