11月26日、現役最後の騎乗を終えた宮下瞳騎手。ホッと一息「宮下瞳厩舎」として笑顔で新たな一歩を踏み出していく
「瞳さん、ありがとう~」「おつかれさま~」と多くのホースマンやファンたちが別れを惜しんだ。日本競馬界女性ジョッキーの先頭を走ってきた名古屋競馬の宮下瞳騎手(48)が11月26日、現役最後のレースを終えて引退セレモニーが開かれた。今後は夫や2人の息子たちと「宮下瞳ファミリー」として競馬界を更に盛り上げていく。
場内を1周し、ファンらに何度も頭を下げて感謝の思いを伝えた宮下騎手
ゴール後には場内をぐるりと1周しラストラン。馬上から何度も頭を下げながら、応援してきたファンらの声援に笑顔で応え、感謝の思いを伝えた。12月1日付で調教師に転身。「宮下瞳厩舎」の一員として厩務員を務める夫と共に強い馬づくりにチャレンジしていく。
鹿児島市出身で1995年10月、名古屋競馬デビュー。2005年に女性騎手の最多勝日本記録を更新。11年に出産のため騎手を引退したが、部屋に飾ってあった現役時代の写真を見た3歳長男から「ママが馬に乗っている姿を見たい」と言われ復帰を決意。厩務員の仕事も体験し、騎手免許を再取得して16年にカムバックした。騎手と子育てを両立させ、男社会でけがにも負けず。不屈の闘志で積み上げた地方競馬での白星を「1382」まで伸ばした。
11月25日、現役最後の勝利も逃げ切り。1382勝目を飾った宮下瞳騎手
■1382勝目、フジファンタジスタで華麗な逃げ切り
華麗な逃げがよく似合った。勝つだけでなく2着1691回、3着1738回と馬券圏内にもよく絡み「お母ちゃん、調子いいね」と応援するファンをどんどん増やしていった。NARの優秀女性騎手賞に14回、特別賞に5回も輝いた。
フジファンタジスタでの1382勝目が最後の1勝となった
最後の1勝は、レディスジョッキーズ戦があった25日・名古屋5Rだった。フジファンタジスタ(牝4歳、坂口義幸厩舎)に騎乗し、宮下騎手らしい鮮やかな逃げ切りを決めた。リーディング・望月洵輝騎手騎乗の断トツ人気・ボッシュを完封。まだまだ現役を続けてほしい騎乗ぶりで若手にお手本を示し、場内のファンを魅了した。
ラスト騎乗を迎え、6Rのパドックでも瞳スマイルが輝いた
■ラストレース後、場内を1周しファンらに感謝
ラスト騎乗デー。勝利には届かなかったが2着2回。1Rから6レース連続騎乗。パドック周回からナイター照明に瞳をより輝かせてファンの熱い視線を浴びた。4Rではお世話になった宇都厩舎のゼットサンダーとのコンビで8着。ラス前の5Rは2着だった。
そして迎えたラストレース。3番人気のフッカツノチギリ(牝4歳、地辺幸一厩舎)でゴール板を7着で駆け抜け、通算1万5481戦目(JRA2戦含む)。ジョッキー人生2度目の「引退ゴール」となった。ウイニングランとはならなかったが、感動的な場内1周で詰め掛けたファンらが別れを惜しんだ。
ラストレースとなった6R、フッカツノチギリでゴールインする宮下騎手
検量室前で最後の1頭から下りると厩務員さんら関係者の温かい拍手に包まれた。「ありがとうございます」と無事にジョッキー人生を完走でき、瞳スマイル全開で、静かにステッキを置いた。
ゴール前、多くのファンの前で引退セレモニーが開かれた。加藤聡一騎手がプラカードを持ち、ジョッキー仲間や関係者たちが横に並び、「泣くなよ」と声を掛けられた宮下騎手は「大丈夫です」と晴れやか。家族や関係者のサポート、応援に感謝した。
引退セレモニーで「みんなに応援される厩舎をつくっていきたい」と思いを語る宮下騎手
■「素晴らしい騎手人生を送れました」
「無事に騎乗を終えることができてホッとした気持ちと、やっぱり寂しい気持ちになりました。これで終わりだとまだ実感はありません。1着になってウイニングランをできると良かったですが、馬に乗って皆さんに感謝の気持ちを伝えられて良かったです。騎手人生25年間、好きな仕事を続けられたのは家族や競馬関係者の方々のサポートや応援のおかげで感謝しています」
仲間らに囲まれ、ジョッキー人生に別れを告げた宮下騎手
「息子たちも調教師になることに対して応援してくれていて、長男がジョッキーを目指しているのでサポートできるといいです。みんなに応援される厩舎をつくりたいと思います。皆さんのおかげで、素晴らしい騎手人生を送れました。これからは調教師という新しいステージで頑張ります。名古屋競馬場のために頑張っていきます」と思いを語り、大きな拍手に包まれた。宇都英樹調教師ら関係者から次々、長男の優心君と次男の健心君からも花束が贈られた。
1300勝超えの「勝利女王」は騎手仲間、調教師、家族、ファンらに囲まれて栄光のジョッキー人生に別れを告げた。
引退セレモニーで(右から)長男の優心君、瞳さん、次男の健心君
■長男の優心君「中央の騎手を目指し毎日トレーニング」
引退セレモニー後も「手綱が切れるアクシデント(3Rで)はありましたが、けがなく楽しく乗れた」と満面の笑み。検量室前では「お別れパーティー」のように、親しいホースマンらからも次々と花束が手渡され、記念写真の撮影ラッシュ。夫の小山信行さん(57)は元名古屋競馬騎手で、贈られた花束を両手いっぱいに抱えて、笑顔で奥さんの門出をサポートされている姿が印象的だった。
地方競馬通算1000勝達成時には「応援してくれた息子たちがパワーの源です。感謝の気持ちを忘れず、2人に『世界一かっこいいママの背中』を見せられるよう頑張っていきます」と話していた瞳さん。
13歳になった長男の優心君は中学2年生。お母さんの「卒業式」ともいえるラストライドを見守って「かっこいい」のひと言。将来の夢は「中央の騎手を目指しています。毎日トレーニングをしていて、お母さんみたいなジョッキーにになりたい」と力強い言葉。名古屋など地方競馬ではなく、まずはJRAへの扉を開きたいという夢を持っている。
2023年2月、JRA騎手試験に合格した田口貫太騎手(中央)を囲んで喜び合った田口ファミリー。父・輝彦調教師(左端)と母・広美さん(右端)は元笠松競馬騎手
■「両親が元笠松競馬騎手」の田口貫太騎手のように
ここで思い浮かぶのは、JRA3年目で活躍中の田口貫太騎手。両親は笠松競馬の元騎手だった。父の輝彦さん(現調教師)は攻め馬でオグリキャップに騎乗したこともあり、管理したミツアキタービンではフェブラリーSで4着。母の広美さんは現役時代に120勝を飾った笠松初の女性ジョッキーだった。貫太騎手は1年目から35勝を挙げてJRA賞最多勝利新人騎手に輝いた。田口ファミリーも競馬一家で、貫太騎手は3人きょうだいの長男。お姉さんや弟さんは騎手としてではないが、今後それぞれ競馬界に寄り添っていくそうだ。
両親がジョッキーだった優心君も同じように「騎手界のサラブレッド」といえる存在。まずはJRA競馬学校の門をくぐる必要があり、来年挑戦することになる。第45期生(来春入学予定)は合格者9人(応募者195人)という狭き門だったが、難関コース突破を目指して頑張ってほしい。もちろん地方競馬という選択肢もあり、お母さんお父さんのように努力し、将来は競馬場で勇姿を見せてくれることだろう。
■「息子たちの応援があったから頑張れた」
子育てと騎手の両立は簡単ではない。貫太騎手の母・広美さんもママさんジョッキーの道を期待されたが、3人の子育てに専念。武豊騎手に憧れた長男は1年浪人し、滋賀県長浜市の牧場(三田馬事公苑)で騎乗技術を磨き、競馬学校を経てJRAデビューを果たした。
無事にラストレースを終え、うれしそうな宮下騎手
瞳さんの次男・健心君は11歳になった。現役最後の日、お母さんの騎乗ぶりは健心君も「かっこ良かった」とたたえた。優心君と兄弟2人は、両親のようなジョッキーになる夢を抱いて、現在は中京競馬場の乗馬スポーツ少年団に通い、騎乗練習などに励んでいる。
瞳さんは以前「息子も乗りたいと言ってくれたので、一緒にレースに乗れたら」と将来の夢を語っていた。深夜から仕事が始まる厩務員時代の睡眠時間は2時間ほどだったそうだが、騎手復帰後も午前1時に起きて馬を調教する生活に耐えられるのは「やっぱり馬に乗るのが好き」だからだ。
2021年11月、地方通算1000勝達成セレモニーで笑顔の宮下騎手(NAR提供)
2021年11月には「ママやったよ」と地方競馬通算1000勝を達成。セレモニーでは「息子たちの応援があったから頑張れた」と話した。「努力」という言葉が好きなママさんジョッキー。攻め馬やレース、息子2人の子育て、家事にと奮闘してきた根性は半端ない。同年5月にはレース中に落馬負傷。脳振とう、肋骨骨折、肺挫傷と診断されたが、翌日に退院したという頑張り屋さん。1鞍ずつ積み重ねてきての勝利は努力の結晶。24年には自己新の116勝を量産した(名古屋93勝、笠松23勝)。
■「好きな馬はキタサンブラック」
長男の優心君は「好きな馬はキタサンブラック」だそうで、貫太騎手のように中央の騎手になることができたら、名古屋競馬で開催されるJRA交流戦に参戦する可能性もある。エキストラ騎乗でお母さんの厩舎の馬にもチャンスがあれば「乗りたい」と早くも意欲を見せた。「お母さんと一緒のレースに騎乗したい」という希望はまだ捨てていなかったが、瞳さんは「また復活しなきゃいけないし、もうちょっと勉強するのが大変です」と笑っていた。
家族はテレビドラマの「ザ・ロイヤルファミリー」を見ているそうで、「宮下瞳ファミリー」は深い絆で結ばれ、新たなステージへ一歩を踏み出した。お母さん、お父さんはポルタディソーニのような重賞を勝てる強い馬づくり、子どもたちはキタサンブラックのような馬と巡り合い、有馬記念などGⅠを勝てるようなジョッキーになる大きな夢を追い掛けていく。
宮下騎手の記者会見。「最後というのを感じて、気持ちがギュッと」
■「けがで調教師転身を決意、騎手目指す長男をサポート」
ラストレースを終えた宮下騎手は、記者会見でもジョッキーライフを爽やかに振り返った。「正直、ホッとしました。無事に騎乗を終えられて良かったです。いつも以上に『愛馬たちと一緒に楽しみながらレースができたらいいな』と心掛けていました。最後1着は取れなかったけど、レース中は馬としっかりコンタクトを取れて良かったです。本当に最後というのを感じて、気持ちがギュッとなることはあります」
調教師への転身については「今年に入って、4月に前十字じん帯を痛めてしまい、100%で乗れなくなって、調教師を目指してみようかなと。長男が『騎手になりたい』というのでサポートしたいなと」。優心君が目標としているJRA騎手になれるのは最低でも4年余り先(地方騎手なら3年先)。「息子と一緒に乗ることが夢でしたが、今の私の体の状態では、それはできないと感じ、調教師を目指すことを決めました」と明かしてくれた。
■「学科は自信なかったが、合格めちゃうれしかった」
調教師試験は「一発合格」だった。手応えはどうだったのか。「勉強は死ぬほどすごくしました。食事をする以外は机の前に座って勉強していて、子どもたちをどこへも連れて行けなかった。馬に関する部分、法規、馬の体、病気など範囲が幅広くて覚えるのが大変でした。1次試験(学科)自信はなかったが、合格できてめちゃくちゃうれしかった。これで子どもたちを(旅行などに)連れて行ったり、いろいろしてあげられるなと思いました」
フッカツノチギリとのラストランで、ジョッキー人生を完走した宮下騎手
11月、川崎で2000勝以上を挙げた今野忠成騎手、山崎誠士ら8人が調教師試験に合格した。学科試験では「騎手の5人一緒に那須の学校に行って、調教師の勉強を3週間ほどさせていただき、お互いに分からない部分を教え合ったりした。私は論文を書くのは初めてだったので、いろいろ教えていただくことがあって。他の4人がいたので合格できたと思っています」と苦労したが、5人で助け合いながら心強く合格できたという。
■「かっこいいママの姿を見せられて良かった」
瞳さんは国内だけでなく海外にも目を向け、09年に韓国・釜山での「第1回KRA国際女性騎手招待競走」で優勝。その後の韓国遠征(釜山所属)では1年間に56勝を飾った。夫は2022年まで5年間、釜山で攻馬手(調教専門厩務員)として活躍し3年前に帰国。宮下瞳厩舎所属で厩務員として馬づくりに励んでいく。
2011年の騎手引退後、成長した長男のひと言で復帰を決意。当時、競馬専門紙「エース」に執筆していたコラム「宮下瞳のEye Catch」でも騎手復帰を宣言し、ファンを驚かせた。5年ぶりとなったレース後には「かっこいいママの姿を見せられて良かった。自分の記録を1勝ずつ更新できるよう頑張りたい」と語っていた。=次回につづく
☆ファンの声を募集
競馬コラム「オグリの里」への感想や要望などをお寄せください。 騎手や競走馬への応援の声などもお願いします。コラムで紹介していきます。
(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
☆最新刊「オグリの里4挑戦編」も好評発売中

「1聖地編」「2新風編」「3熱狂編」に続く第4弾「挑戦編」では、笠松の人馬の全国、中央、海外への挑戦を追った。巻頭で「シンデレラグレイ賞でウマ娘ファン感激」、続いて「地方馬の中央初Vは、笠松の馬だった」を特集。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、196ページ、1500円(税込み)。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー(ネットショップ)、酒の浪漫亭(同)、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。岐阜県笠松町のふるさと納税・返礼品にも。









