最近、月に1、2回、クラブに踊りに通っている。といっても出会いを求めるタイプのクラブ、いわゆるチャラ箱ではなく、皆しずかに音楽に没入して体を揺らす、音楽好きが集まる穏やかな箱だ。
ほうほうのていで過ごしていた年末、馴染(なじ)みのシーシャ(水煙草(みずたばこ))カフェの店員さんの誘いで名古屋・栄のクラブ「about」に行き、音楽に合わせて踊る楽しさに目覚めてしまったのだ。といっても、踊りの経験は小さいときに習い、大人になったとき少しだけ通ったクラシックバレエ、また歌人兼小説家の友人、小佐野彈さんのお誘いで舞踏会に誘われ踊ったウインナワルツだけ。そこでは本当に苦労をしたのを覚えている。
特に大人になってクラシックバレエを少し再開したときに感じたのは、体型や体の重さより、自分の自意識の重さだった。どう思われているんだろう、これでは下手くそじゃないか、ああだめだ。そんな内なる心の重さが、私のステップの足取りまでを重くしていた。踊りに一番いらないのは湿った自意識。そう思いつつ、湿った自意識の総本山である短歌を生業(なりわい)にしているものだから、なかなかうまくいかない。特に明るくてクリアなクラシックバレエの世界は眩(まぶ)しくて、そこで諦めてしまった。
ラップを始めてからはHIP HOPライブイベントにDJタイムがあることが多く、最初は戸惑った。皆体を揺らしているが、どんな踊りをすればダサくならないかわからなかったし、どう踊ればいいかわからなかった。そしてあるとき察した。「ダサいとかかっこいいとかじゃない、音楽に身を委ねていればいいんだ!」と。
そこからの楽しみ方は早かった。まずラップの上達のためにも、HIP HOPの音楽をかけながら自由に踊るのを生活に取り入れた。ひたすら楽しかった。見られるために踊るのではなく、自分に没入してリズムに委ねて踊ること。心地よいリズムに体を揺らし、心が、心臓が、内臓が喜ぶのを楽しむこと。どう思われているかなんて関係ない。音楽の快楽と一体になること。生き物に本来備わっているはずの原始の喜び。それを今、ようやく手に入れ始めている。
(岐阜市出身)









