金曜日深夜、名古屋栄の希望の広場でマイクを握る。「ハッ、ハッ」とマイクチェックをするとテクノミュージシャンのヨミさんが合図に頷(うなず)き、音楽を奏で始める。ストリートライブの始まりだ。
3月12日、初めてのエッセー集「天才歌人、ラップ沼で溺れ死ぬ」が小学館から出版された。こちらでも何度も書いたラップ挑戦の本と捉えられるかもしれないが、実はそれだけではない。男性の多いラップ社会で、流動的な場でも自己を保つこと、自分に自信を持つこと、また私の場合、性被害を乗り越えるきっかけにもなった。ラップも短歌も関係なく、自分にかけられている呪いやトラウマを抱えた人にこそ読んでもらいたい本になっている。もちろんアマゾンからも注文でき、初回配本特典として、私の歌うラップと書き下ろしエッセーをお楽しみいただける。
「ラップが好きなんです」。この言葉は私の世界を開く大きな扉になった。短歌はインドア文化で自己に潜って言葉を精査するもの、逆にラップはもちろんインプットの大切さはあるとはいえ、アウトドアで即興で言葉を吐き出すものだ。その中のつながりにも社交力はもちろん必要。自分中心で考え続けるというより、ノリや雰囲気に合わせて自由自在に変化する自分を楽しむ力と言えばいいのだろうか。
その力を身につけてから、ふらっと入ったテクノのクラブで知り合ったのがヨミさんだ。彼が演奏していたときに、ノリで「私ここでラップしてもいいですか」と言ったところ、お互いに気が合い、こうして週に一回ほど、夜のパフォーマンスをすることも増えてきた。
「マジ? お姉さん、ラップやるんですか?」
ずっと利用していたシーシャ(水煙草)のカフェで店員さんに目を丸くされる。このカフェは長年通っていたけれど、その雰囲気がリラックスして執筆作業ができるからと店員さんに話しかけることはなかった。ちょっと話したくなってカンバセーションピースとしてラップの話をしたところ、店員さんは大興奮。つい調子に乗ってラップを披露したら、彼女もやりたいと言い出し、ぜひぜひと声をかける。ラップでいうところのリンクアップ(合流)だ。
話しかけてみる。歌ってみる。踊ってみる。それで開かれる世界は大いにある。そのことを何度も実感しつつ、原稿を手繰るのと同じ手で、またマイクを握る。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。









