これだけしてあげたのに。そう思い、瞬間、自分を恥じた。

 今年39歳になる。業界を問わず、応援したい後輩も、キャリアの若い同世代も増えてきた。そして、長く手探りでキャリアを積んできた者として、最近親しくなったある一人の奮闘を、時に眩(まぶ)しく、時に歯痒(はがゆ)く感じていた。

 その人の奮闘ぶりは、キャリアが安定してきた私にとって、時に危なっかしく、考えなしに思えた。挑戦したい、その姿勢は素晴らしい。ただ、私から見ると、ライフワーク、ライスワークの順序が混同されていたり、キャリア面で言えば目指すこととしたいことの優先順位が違って見えたり、口をだしたいことは山ほどあった。おずおずとアドバイスしたところ、その人は私のアドバイスをありがたく聞いてくれた。

撮影・三品鐘

 人へのアドバイスは難しい。余計なおせっかいであることも多々あるし、わかっているけれどどうしようもないこと、変えたくないこともある。けれどフレキシブルにアドバイスを受け入れてくれるその人に、私はアドバイスをする側でありながら、アドバイスする立場に依存していくようになった。

 ある時、その人は私がアドバイスして温めていたプランを反故(ほご)にした。そのことに私は腹を立て、理由を求めた。クリエイターとしての成功を願っていたからこそのアドバイスを、何も考えず反故にしたように見えたのだ。あれだけしてあげたのに、あんなにアドバイスしたのに。でも、その人の人生に手を出す行為は、加害と紙一重。そのことを知りながらも止められなかった自分は、果たしてあの時一人で立てていたのか。そう即座に思い、虚(むな)しくも恥ずかしい思いが駆け巡った。

 あや子さんは私の作品をちゃんと見てくれていない。問い詰めた挙句、その人はぽろりとこぼした。その言葉に、私は何も言い返すことができなかった。確かにそうだったからだ。私はその人の才能を信じながらも、何度も送ってもらった作品を流し読みし、目的より手段に急いでいたからだ。相手の呼吸、相手のペース、そう言ったものを忘れて、私は自らのアドバイスに浸食されていた。

 これだけしてあげたのに。その加害を思わずにはいられない。あなたの人生はあなたの人生。私の人生は私の人生。その中、何かが交流できたら素晴らしい。その根本的な部分を忘れた時、人間関係は崩れるのだ。私の驕(おご)りを許し、今も近くにいてくれるその人に救われながら、今、私はもう一度穏やかに呼吸している。(岐阜市出身)


 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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