樫(かし)の木はその字のごとく、堅くて重い。耐久性に優れることから、昔から鉋(かんな)の台、ノミの柄など、さまざまな道具に用いられてきた。樫の産地には、道具を作る職人たちに樫材を供給する専門の製材所、いわゆる樫材屋があった。しかし最近、その樫材の供給が危機に瀕(ひん)していると聞き、現場を訪ねてみた。
京都府舞鶴市の出立(でだち)木工所は、1913(大正2)年から続く老舗の樫材屋だ。和歌山県で鉋台職人をしていた曽祖父が良質の樫材を求めて舞鶴に移り住み、次第に鉋台製作から製材に比重が移っていった。今は4代目の出立浩之さん(57)が会社を営み、樫を製材して道具の柄や薪(まき)を販売している。
「昔は近所の人たちが樫の丸太を持ち込んでくれたんですよ」と、出立さんは40年ほど前の帳簿を見せてくれた。金◯万円也という数字と、持ち込んだ人の名前が並んでいる。しかし近年は木を伐(き)る人が減ったため、自ら島根県や鳥取県の原木市場にまで買い付けに行かなければならなくなった。
「原木不足の一番の原因はナラ枯れです」と嘆くのは、京都府綾部市で樫中心の製材業を営む安達弘幸さん(61)。ナラ枯れとは、カシノナガキクイムシという昆虫が菌を媒介する伝染病だ。感染すると幹に小さな無数の穴が開き、木の内部には黒い染みができる。こうなると道具の用材として使えなくなってしまう。この被害が近年酷(ひど)いのだという。
安達さんも山陰一帯の市場へ行くが、特に今年1~2月は被害のない原木がほとんど調達できなかった。冬場は樹木が水を吸い上げず、乾燥させるのが容易なため、本来はこの時期に大量の原木が伐られて市場に出回る。それなのにこの時期に原木が入手できないと、製材所の仕事も止まってしまうことになる。
安達さんの作業場と倉庫には、出荷を待つ製品が品目別にずらりと積み上げられていた。鉋台、ノミ柄、木槌(きづち)、鎌の柄、ナタの柄、刈り込み鋏(ばさみ)の柄。道具にこだわる使い手の意見を聞き、きめ細かく製材するため、安達さんの製材品は道具職人たちからの信頼が厚い。だから顧客からは、原木が1本でも2本でも入るなら少量でも続けてほしいと言われている。一方で、製材所としてはまとまった量を製材できなければ設備や従業員を維持できず、続けようがない。自社の製材品が日本の道具文化を支えている自負があるだけに、安達さんの悩みは深い。
樫材屋がなくなってしまうと、日本の道具文化の土台が崩れる。ナラ枯れの終息を願うばかりだが、新たな資源供給の仕組みづくりも考えなければならない。
(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)
【樫】ブナ科の常緑高木の総称。さまざまな種類があり、道具に最も多く使われるのはシラカシ。京都府・兵庫県北部のシラカシは堅くて粘りがあり、良材とされる。関東地方にも多い。四国や九州ではアカガシやイチイガシが多く育ち、これらも道具の用材になる。













