イイネイイネイイネに騎乗し、パドックを周回する渡辺竜也騎手。名古屋・駿蹄賞は2着だった

 

  名古屋の馬か、笠松の馬か、どっちが強い? 34年前、オグリキャップは中央に移籍して出走できなかったが、東海公営のホースマンにとって最も勝ちたいレースが3歳馬頂上決戦の「東海ダービー」だ。今年は順調なら、笠松競馬から2頭が挑戦。1冠目の駿蹄賞で2着、3着だったイイネイイネイイネとドミニクは東海ダービーでもV圏内。騎乗する渡辺竜也騎手、向山牧騎手には本番での「大仕事」が期待されている。

 今年も全国の地方競馬場でダービーシーズンを迎えた。日本ダービーと同日(5月29日)の九州ダービー(佐賀)を皮切りに、6月21日の石川ダービーまで計8戦。残念ながら「笠松ダービー」はないが、6月7日に東海ダービーが弥富市に引っ越した名古屋競馬場で初開催される。

 笠松競馬は昨年、一連の不祥事で開催を8カ月間も自粛。所属の人馬は他場にも遠征できず、東海ダービーに挑戦できなかった。一昨年のライデンリーダー記念を逃げ切った笠松馬フーククリスタルは、活躍の場を求めて名古屋に移籍。東海ダービーに出走したが8着に終わった。

 新たな名古屋競馬場では、東海ダービーも1900メートルから2000メートルに距離が延びる。オープンして1カ月半。名古屋のジョッキーがまだコース取りなどで苦労しているように、笠松勢にとっても新しい馬場の攻略がポイントになる。

駿蹄賞を勝ったタニノタビトと岡部誠騎手ら喜びの関係者

 

■1冠目「駿蹄賞」は岡部騎手の好騎乗でタニノタビトV

 東海公営クラシックロード1冠目で、東海ダービートライアルでもある駿蹄賞(SPⅠ、2000メートル)は5月4日、名古屋競馬場で行われた。岡部誠騎手騎乗の3番人気・タニノタビト(牡3歳、角田輝也厩舎)が3コーナー前からスパートし、内からスルスルと抜け出して大差勝ち。笠松勢のイイネイイネイイネ(牡3歳、田口輝彦厩舎)、ドミニク(牝3歳、後藤正義厩舎)もいい脚で追い上げたが、この日は勝ち馬が強過ぎた。

 格上挑戦だったタニノタビトは、抜群のフットワークを見せて場内をどよめかせた。向正面で6番手を進んでいたが、岡部騎手が1発気合を入れると、インを突いてギアチェンジ。ただ1頭、他馬とは別次元のパフォーマンスを見せて加速。そのまま後続に2秒差をつけて押し切った。会心の勝利に「ああ、気持ち良かった」と声を弾ませた岡部騎手。全国リーディングのトップを争う男の好騎乗が光ったロングスパートだった。

  岡部騎手は「力をつけており、マイペースでリズム良く走らせようと心掛けた。特殊な馬場状態でコース取りに苦労していますが、内を行けたのは、馬の力があってこそ。大差勝ちにびっくりです」と喜びの声。東海ダービーに向けては「きょうのパフォーマンスなら夢が膨らみますし、逆にプレッシャーにもなりますが、大きなタイトルを取らせてあげたい」と手応え十分。オルフェーヴル産駒で急成長。重賞初挑戦で東海1冠目を制覇し、本番でも1番人気になりそうだ。

駿蹄賞のゴール前。笠松勢のイイネイイネイイネ2着、ドミニクは3着。後方の大型ビジョンの映像では、勝ったタニノタビトとは大差がついている

 

■イイネイイネイイネ2着、岡部騎手の「神騎乗」に渡辺騎手脱帽

 笠松勢2頭は息の長い末脚が武器で、ともにタニノタビトを追撃。1番人気のイイネイイネイイネは、勝ち馬には離されたが、中団から追い上げて2着は確保した。田口調教師は「長くいい脚を使うので、距離が延びるのもいい」と好勝負を期待していたが、馬場替わりなどクリアすべき課題も見えてきた。

 イイネイイネイイネは吉田勝利オーナーの所有馬だが、この馬も勝ち切れない競馬が続いている。昨年末の笠松・ジュニアキング(準重賞)を圧勝したが、近走はスプリングカップ(名古屋)、新緑賞(笠松)に続いて重賞では3戦連続2着で「シルバーコレクター」の様相。馬券的には「ああ、2着付けだったか」と気付くのはいつもレース後。「笠松勢には勝ってほしい」と応援しているが、馬券を取り逃がすこともしばしばである。

 一昨年、吉田オーナー所有馬のダルマワンサは重賞で4戦連続2着だったが、岐阜金賞では見事1着。イイネイイネイイネは旧名古屋のスプリングカップで差し届かずの惜敗もあったが、距離が延びて本領を発揮するタイプ。潜在能力は高く、本番ではタニノタビトをマークして末脚勝負に持ち込みたい。

イイネイイネイイネに騎乗し2着だった渡辺騎手を迎える田口輝彦調教師

 渡辺騎手は「きょうは相手が強かったです。岡部さんなんですよ、やっぱり。『神騎乗』でしたよ。2、3馬身差でなく、あれだけ大差ならむしろスッキリしてます」と脱帽。「でも勝ち馬の印は薄かったし(競馬エースは×印)、本命を背負ってたら、もっと最初から色気出して行ってたでは」とも。競り合うこともなく、マイペースからスパートしたタニノタビトに向いた流れになった。

 イイネイイネイイネは「東海ナンバー2」の実力は証明できた。もうワンパンチ決め手があれば、ゴール前はもっと際どくなるだろう。東海ダービーでは、もう少し前めにつけて、渡辺騎手が得意とする2、3番手からの競馬で好位差しが決まれば、ダービー制覇に手が届くかも。渡辺騎手は名古屋新コースで既に2勝。昨年は岡部騎手に笠松リーディングの座を奪われただけに、笠松勢としてリベンジしたいところだ。

駿蹄賞でドミニクに騎乗し、パドックを周回する向山牧騎手

 

■向山騎手のドミニクは大外から伸びて3着

 笠松生え抜き馬のドミニクは、昨秋の名古屋・ゴールドウィング賞で豪快な差し切りVを決め、笠松競馬「最優秀2歳馬」に選出されたスターホース。駿蹄賞では、最後方から持ち前の末脚に懸ける競馬になって、4コーナーでもまだ6番手だったが、最後は大外から伸びて3着。重賞馬らしい走りは見せてくれた。本番でも向山騎手が得意とする追い込みの競馬が決まれば、ゴール前でアッと言わせるシーンがあるかも。

 ライデンリーダー記念2着後、梅桜賞とスプリングカップを逃げ切った名古屋・アップテンペストは、東海クイーンカップに続いて駿蹄賞でも惨敗した。一昨年と昨年、駿蹄賞と東海ダービーを連勝したニュータウンガール(笠松)やトミケンシャイリ(名古屋)のような圧倒的強さを見せる「絶対王者」は見当たらない。

 駿蹄賞で上位に入ったイイネイイネイイネとドミニク。ともに東海ダービーにつながるレースはできた。馬場慣れと展開一つで、大駆けも期待できそうだ。笠松の名手である渡辺騎手、向山騎手の手腕に期待したい。

昨年の秋風ジュニアで、同厩舎のドミニクを破って逃げ切ったシルバと藤原幹生騎手

■800メートル戦レコードVのシルバが戦列復帰し2着

 ドミニクと同厩舎で生え抜き馬として注目されたもう1頭、快速馬シルバ(牝3歳、後藤正義厩舎)が半年ぶりに戦列復帰。10日の笠松1400メートル戦で1番人気となって、逃げ込みを図ったが、最後の直線で勝ち馬にかわされて2着だった。

 昨年は、800メートルでのデビュー戦で47秒4のレコードタイムをたたき出した。秋風ジュニアでドミニクを倒し、ジュニアクラウンも逃げ切って3連勝。その後は脚部不安で順調さを欠いて休んでいたが、ようやく復帰を果たした。騎乗した藤原騎手は「マイナス18キロじゃいかんですね。脚元のために絞っていたかもしれませんが。スタートは良くなかったですが、スピードがあるんでね。(勝ち馬にかわされてから)最後は無理させられなかったです。経過が良ければ餌も増やせますし、きょうは取りあえず及第点です。まだ4~5分の仕上がりですね」と振り返り、復帰初戦としてはまずまずのレース内容だった。

 ファンの期待も大きい馬だが、復活途上で東海ダービーには間に合わず、使わないようだ。笠松のスプリンターといえば、大活躍したラブミーチャン。3歳時には脚部不安もあったが、6歳まで第一線で活躍した。復帰を果たしたシルバは、デビュー戦から31キロも減らした馬体重を回復させて、笠松の快速馬として成長してほしい。

■オグリキャップは「幻のダービー馬」

 オグリキャップは東海ダービー、日本ダービーといった「ダービー」と名の付いた最高峰のレースには縁がなかった。それでも、出走していればともに圧勝していたことだろう。まずは中央移籍後の1988年6月に行われた東海ダービー。勝ったのはフジノノーザン(牝3歳、田辺睦雄厩舎)で、近藤二郎騎手が騎乗した。オグリキャップはフジノノーザンには3戦3勝で、笠松ラストランとなったゴールドジュニアでは7馬身引き離して圧倒している。フジノノーザンは秋には中央へ移籍し、エリザベス女王杯にも挑戦した(13着)。
 
 この年の日本ダービーはサクラチヨノオー(皐月賞3着)が勝った。ヤエノムテキ(皐月賞V)が4着で、ファンドリデクター(皐月賞2着)が5着だったが、この2頭をオグリキャップは毎日杯で下して優勝。NZT4歳Sでは関東の競馬ファンをも驚かせた圧勝劇。同世代では桁外れの強さで、日本ダービー制覇も濃厚だった。クラシック登録がなかったためで「幻のダービー馬」とも呼ばれた。

シンデレラグレイ賞の1周目。先頭に立った深沢騎手の背中を2番手から追う追う渡辺騎手。大勢のウマ娘ファンが熱い視線を送った

 

 笠松のエース・渡辺騎手は、ウマ娘ファン襲来後なぜか「勝てない日々」が続いた。人気ジョッキーの誰もが通る道なのか。今年は46勝でリーディングトップを快走中。1日6勝など固め打ちも多い渡辺騎手だが、4月末から笠松・名古屋で「45打席ノーヒット」と1着ゴールがない珍事。騎乗するだけで、馬の能力以上に過剰人気になってしまうことが多く、変則日程での開催も影響したのか苦戦。その間、2着が10回、3着は11回と馬券圏内には絡んでいたが、1着ゴールには届かず悔しい結果が続いた。
 
 中央競馬では、5年連続リーディングのルメール騎手が「異変」。2月のサウジアラビア遠征では1日で重賞4勝を飾ったが、JRA重賞では昨年12月以来勝っておらず、29連敗中で騒がれている。2着が7回もあり、勝てない時は同じような傾向だ。

 渡辺騎手は、3月~4月前半には3開催連続で2桁勝利を挙げるなど今年約3割の勝率を誇っていたが、シンデレラグレイ賞が行われた日から、なぜか急に勝てなくなった。自筆サインのサービス(コロナ禍前)やツイッター上でもファンをとても大切にする渡辺騎手だが、ウマ娘ファンの熱気とパワーには押され気味となったのか。しばらく主役の座を譲る形にもなって、笠松、名古屋で計8日間も勝利の女神から見放された。

 シンデレラグレイ賞でも騎乗し、深沢騎手の背中を追ったが7着に終わった。スタンドやラチ沿いからファンの熱い視線を浴びて、「今開催はあんまり勝ってないんでね。お客さんが多いと緊張しちゃって」とも話していた渡辺騎手。次の鵜飼シリーズも3日目まで勝利がなかったが、最終日(13日)4Rでは単勝1.1倍のハイライフに騎乗。負けられない一戦でようやく逃げ切って、46戦ぶりの待望の勝利。この日は2勝を挙げてモヤモヤを一掃した。

 ここ2開催は4勝、2勝どまりで、自身のツイッターでは「全然乗れてなく、反省です。(遠征した)水沢競馬の帰りにファンの方にお土産をいただきました。次の名古屋競馬から頑張れます」とコメント。今後はまた上昇気流に乗って、勝利を量産してくれそうだ。 

2018年の東海ダービーでゴールに向かって猛スパート。サムライドライブを追って先頭に立つ勢いのビップレイジング(1)。豪快な差し切りVを決めた

■東海ダービー、最後の直線で併せ馬のような競馬を

 東海ダービーの過去51回の対戦成績は名古屋勢26勝、笠松勢17勝(このほか金沢勢1勝、JRA勢7勝)。渡辺騎手にとって3度目となる東海ダービー挑戦。これまでは名古屋の馬で4着、6着だったが、今回は笠松所属馬イイネイイネイイネでの参戦で気合が入る。吉田オーナー、田口調教師にとっても東海ダービー初制覇の夢をつかむ大きなチャンスである。直線での差し脚の破壊力ではドミニクが上で、主戦の向山騎手、後藤正義調教師にとってもダービーVは悲願だ。

 東海ダービーまであと2週間余り。伸び盛りの3歳馬によるスリリングな競馬で、どの馬にもチャンスがあり混戦模様。笠松からの刺客イイネイイネイイネとドミニクにも、展開次第で東海ダービー馬に輝く可能性は十分にある。イメージとしては、4年前に藤原騎手の騎乗で、無傷の10連勝中だったサムライドライブを豪快に差し切ったビップレイジングのレースか。当日の馬場状況やレース展開次第ではあるが、笠松勢2頭に流れが向いて、最後の直線で先行馬を並ぶ間もなくかわすか、併せ馬のような競り合う競馬に持ち込めれば、豪脚発揮で勝機もありそうだ。

 昨年9月のレース再開以来、騎手不足のため、名古屋の騎手のサポートを受けて開催を続けている笠松競馬。岡部騎手や今井貴大騎手らに勝利をさらわれるシーンも多いが、弥富での初ダービーでは思い切ったレースで笠松勢の意地を見せたい。