自傷他害の恐れがある人への対応を巡り県保健所へ届け出ることがある検察。通報が診察につながらないことに疑問を感じていた=岐阜地検

 「措置診察はしません」-。電話口の県保健所職員の回答に、岐阜地検の検察官は驚きを隠せなかった。この秋、近隣住民に損害を与えたとして県迷惑行為防止条例違反で逮捕された容疑者について、精神疾患が犯行に影響している可能性が高いことを捜査の過程で把握していたからだ。

 精神疾患の症状から自分や他人を傷つける「自傷他害」の恐れがある人を見つけた場合、警察官らに最寄りの保健所への通報「警察官通報」を義務付ける精神保健福祉法。検察もまた、不起訴処分とした精神障害者などを対象に、通報の義務を負っている機関の一つだ。

 県保健所の職員は、検察官に「自傷他害の恐れはありません」と告げた。検察官は「他害行為はしていますよね」と食い下がる。容疑者は医師による簡易鑑定で「精神障害が犯行に影響した可能性が高い」と判断され、県保健所には事件の概要などの関連資料も送付していた。

◆翌日には撤回

 しかし職員は、なおも続けた。「それは他害行為なんですか。そもそも犯罪なんですか」。検察官は戸惑った。「岐阜県では、措置診察の基準が厳しいのだろうか」「保健所の判断は事実関係の確認のみで、それは既に説明したはずだが…」。幾つもの疑問符が浮かんだ。

 翌日、事態は急転する。保健所は回答を撤回し「措置診察はします」と前日の決定を翻した。その後、容疑者は精神保健指定医2人の診察を経て、措置入院になった。「結果的に必要な措置にはつながったが」。前日の診察拒否は何だったのか。疑問が残った。

◆専門医判断に

 全国一律、同じ法律に基づいて仕事をしているはずなのに-。全国の地方検察庁などを転勤で渡り歩く中で、岐阜地検に着任した検察官には、他の都道府県では抱かなかった違和感を持っている人が少なくないという。

 検察官通報は2020年度、岐阜県では19件。うち措置診察につながったのは47・3%で、この年だけを見れば他県と大きな差はない。だが、過去10年間で全国平均は毎年50%前後で推移しているのに対し、岐阜では19年度以前は10~20%台が続く。

 地検幹部が取材に応じた。「きっかけとなる措置診察自体を、入り口で閉ざすのは可能な限り避けたほうがいい。先へ進めなくなり、当事者本人のためにもならない」。「先」とは、再犯防止策。不起訴とした人を行政や保護観察所などにつなぎ、就労や社会参加を支援することだ。

 ただ、自傷他害の恐れがある人については「医療につなげることが先決」と指摘する。「措置入院制度はその手段の一つ。本人の意思に反しても入院治療が必要なこともある」。地検幹部は慎重に言葉を運びながら語った。「だからこそ、その判断は専門医が知見に基づいて行うべきだ」

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 精神疾患で自傷他害の恐れのある人について、保健所へ届け出る警察官通報。岐阜県では20年度、通報200件に対し精神保健指定医の措置診察になったのは11・0%で、全国で4番目に低かった。なぜ、通報が措置診察につながらないのか-。そんな疑問を抱えているのは警察官だけではなかった。それぞれの使命感と、制度を巡る関係者間のずれをたどった。

 【検察官通報】 精神保健福祉法24条で検察官に義務づけられている、都道府県知事への通報。精神障害者やその疑いのある容疑者、被告人のうち、不起訴処分になった人が主な対象になる。