ぶつ切りの塩ますと炊きたてのご飯で仕込まれる「ますずし」=2022年12月、郡上市白鳥町石徹白、石徹白隼人さん宅
ますずしに調理される塩ます=2022年12月、郡上市白鳥町石徹白、石徹白隼人さん宅
発酵を経て火に掛けられた「ますずし」=郡上市白鳥町石徹白

 「此地(このち)の正月は雪の中で迎えられる」

 1937年に初めて石徹白(いとしろ)(岐阜県郡上市白鳥町)を訪れた民俗学者の宮本常一は、冬の様子を「越前石徹白民俗誌」にこう記した。白山連峰の南麓だけに雪深さで知られ、今季も年末に1メートル50センチほどのまとまった雪が降ったが、以後は穏やかだ。

 雪囲いから現れた白山中居神社の禰宜(ねぎ)、石徹白隼人さん(79)は「毎年、花奪い祭の日は荒れるんやけどね。こんな正月は珍しい」と言いながら、母屋向かいの小屋を案内してくれた。中には漬物の桶(おけ)が七つ。その一つに塩ますのなれずし「ますずし」が漬け込まれていた。

 石徹白に伝わる冬の保存食のひとつで、正月のごちそうとして元日の昼から食べ始める。使われるのは海のマスを意味する「うんます」。12月初旬、なじみの白鳥町の商店に注文した体長50センチほどの北海道産2匹を米やこうじと共に仕込んだ。

 「どこの家にも、それぞれの味があった。気温の違いか、白鳥で漬けてもこちらの味にならんのやな」と風土が育む発酵の妙を説く。昔は川のイワナやアマゴで作った。すき焼きや豪華なおせちが手軽になった今では、酒のつまみや漬物に近い位置付けになってきたという。

 隼人さん宅近くの郵便局長から聞き取った宮本は、「海の魚は主として越前の方から持つて來(く)る。年の暮になるとウミマスやサケが運ばれて來る。(中略)それを嫁の家から親許へ持つていく」とマスやサケが珍重された様子を書き残す。

 山間の地ながら、58年の越県合併まで福井県だっただけに海に通じ、合併後に桧峠の道が改良されるまでは現在の大野市側から魚が入った。妻すみゑさんは、実家の商店に並んだこぬかいわしやサンマ、サバ、ホッケ、ニシンなどの塩蔵品や干物を思い出す。「お肉は年末しかなかった」

 保存食はなれずしだけでなく、石徹白かぶらや菜っ葉、山菜も雪に閉ざされる冬に向けて漬け込んだ。農作業の協力者をねぎらう「田かきよびしゅう」「秋よびしゅう」などの行事や、組の葬儀で急に必要になる食材への備えでもあった。「ここに生きるものの知恵やんな」と隼人さん。

 冷蔵や物流の発達で、こうした独自の食文化は廃れてきた。コロナ禍で人が寄れず、味を伝える機会も減った。「これを食べたから正月を迎えられたという思いは薄れてきたな。俺らの代までやね」と時代の変化をかみしめた。