まだ星がまたたく午前5時。川面に対岸を走る車の灯(あか)りが映り込む。落ち鮎を捕る瀬張り網漁のため、川幅いっぱいに渡したロープが水をたたく音が暗やみに響く。
今月14日、鵜飼い大橋から800メートル上流の岐阜市中川原の長良川。茂みを抜け川岸に下りた長屋真樹さん(45)=同市茂地=に、「はよ張り網せなあかんぞーっ」と舟の上から上田一二(いちじ)さん(77)=同市中川原=が声をかけた。
前日は久しぶりの雨。「渇水で動けんかった魚が、まだ郡上や関にもおる。魚は落ちたいばっかや」。川漁歴50年以上の上田さんの事前の見立て通り、わずかな増水とともに一気に鮎が下ってきた。
水面が黒く沸き立つような群れ「大玉」が現れ、それぞれ投げ網を放つ。引き揚げると、オレンジ色の婚姻色を帯びた黒っぽい鮎が鈴なりにかかっていた。「『彼岸過ぎのしょぼ濡(ぬ)れ』といって、埃(ほこり)抑えみたいなわずかな雨でも魚は動くんやな」
落ち鮎は岐阜市の長良橋から小紅の渡しにかけての河床で産卵し、一生を終える。その手前で、敷いた白ビニールと水面をたたく綱で鮎を足止めし、たまったところを捕るのが瀬張り網漁。今年10月2日に始めた中川原は15人が参加し、うち40~50代が6、7人と比較的若い。
今年加わったばかりの長屋さんもその一人で、自営の土木業の合間を縫い、朝夕と川に通う。「簡単に捕れないところが面白い」と修業中ながら、この日は午前だけで約200匹の豊漁。「網から外すのが大変」と苦笑いした。
鮎は風や冷え込みなど気象の変化だけでなく、時間帯でも動く。空が白々と明け始める頃、午前10時から午後1時の昼時、そして産卵行動に入る夕方。「魚時(うおどき)」と呼ばれ、このタイミングを見計らって捕る人も集まる。
遅い時季の落ち鮎は香りが薄れ、骨も硬くなるため、市場価格は安い。それでも雌が腹いっぱいに抱える卵の滋味豊かな味、成熟した雄の身のうまさはこの季節ならでは。長良川河畔の結婚式場で料理長を務めた上田さんは、「料理の世界は、『走り』と『名残』を大事にするが、落ち鮎は名残の味やね」と慈しむ。
瀬張り網漁も最終盤を迎え、「木の葉」と呼ばれる小型の鮎が増えてきた。まもなく仕掛けを外し、今年の鮎漁を終える。