JRA騎手免許試験に合格した田口貫太さん(右)と、激励する武豊騎手=千葉県白井市、JRA競馬学校 

 田口貫太騎手(19)が早ければ3月4日にも阪神競馬場で待望のJRAデビューを果たす。岐阜県岐南町出身で、両親は笠松競馬の元ジョッキーいう「騎手界のサラブレッド」。大橋勇樹厩舎(栗東)に所属し、夢の日本ダービー制覇に向かって、大きな一歩を踏み出した。

 千葉県白井市のJRA競馬学校で7日、2023年度の新規騎手免許試験の合格者6人が発表され、模擬レース後に騎手課程第39期生の卒業式が行われた。騎手免許は3月1日付で交付される。

 ■武豊騎手「おじいちゃんと呼んで、おめでとう」

 「あー、武さんだ」。卒業式が行われた競馬学校体育館前に、日本騎手クラブ会長の武豊騎手(53)が姿を見せた。合格したジョッキーの卵たち6人を前に「おじいちゃんと呼んでください」と早速ジョークでみんなを和ませた。

 競馬学校入学前から「好きなジョッキーは武豊さん」という貫太さんにとっては憧れのレジェンド。合格者を激励に来た武騎手とは「そんなにしゃべっていないですが『おめでとう』と言われました」とうれしそうだ。

 合格者6人が勢ぞろいし記念撮影。貫太さんが「頑張ります」と意欲を示すと、武騎手は「ほどほどに」とニヤリ。新人といっても、デビュー後すぐに同じレースで戦うこともあり、ジョッキー目線での一言。隣には貫太さんが並んでいたが、体育館での出席者記念撮影でも隣同士。愛されキャラの貫太さんがレジェンドを引き寄せたかのようで、ほほ笑ましかった。

岐阜県出身者として初めてJRA競馬学校を卒業し、騎手免許試験に合格したた田口貫太さん。卒業証書が授与された

 ■「覚悟を持って」と激励され、「プロとして応援される騎手に」

 武豊会長は来賓としてあいさつ。「ただいま紹介いただきました4400勝の武豊です」と場内の緊張をほぐした。

 「私も第3期生として、36年前にここで卒業式を迎えましたが、同じように騎手としてやっていく夢や希望があると思います。競馬は素晴らしい世界ですし、騎手という限られた人ができる仕事で、その誇りを持って頑張って」と激励。

 デビュー後に向けて「来月には一緒にレースに出ますが、『覚悟』を持って騎手をやっていただきたい。競馬には多くの人が関わっていて、その一員になるという意識を強く持って、一緒に競馬をつくっていけたら」と熱く訴えた。

 卒業証書を授与された貫太さんは「いまここに立っていられるのは家族や先生たちのおかげです。これからはプロの騎手として、皆さんに愛され、応援されるような騎手になりたいです。3年間ありがとうございました」と力強くあいさつ。卒業式には貫太さんの両親と、姉や弟も出席。それぞれ記念撮影が行われ、歓談した。

JRA騎手試験に合格した田口貫太さん(中央)の頭をなでる元笠松競馬騎手の父・輝彦調教師(左)、母・広美さん

 ■貫太さん、小中学校の頃は野球少年だった

 父は笠松競馬の田口輝彦調教師(57)で、母は笠松初の女性ジョッキーの広美さん(48)=旧姓中島=。1996年、ジョッキー同士で結婚し、注目を集めた。貫太さんは競馬ファミリーの長男として小さい頃から競走馬に親しんできた。

 小中学校時代は野球少年だった。小3から中3まで、硬式野球の岐阜ボーイズなどに所属。広美さんによると「毎日欠かさずバッティング練習やランニングに励んだ。守備はセカンドで、プロ野球選手になりたくて努力したが、現実は厳しく大きな体の子には、かなわなかった」という。 

 ■スワーヴリチャード大阪杯Vでは口取りも

 ジョッキーを目指したきっかけは中2の頃、2017年の日本ダービーを生観戦して「騎手という仕事を格好いいと感じた」ことから。父に連れられて、知り合いの馬主さんとスワーヴリチャードを応援したが2着に敗れ、勝ったのはレイデオロ。馬主や調教師が一つの勝利を喜び合ったり、涙を流していてすごく胸に響いたという。スワーヴリチャードは18年の大阪杯を勝ってくれ、「優勝馬の口取りにも参加させてもらいました」と感激。その走りにも魅了され、JRAのジョッキーになりたいという夢を膨らませた。

卒業の模擬レースに挑み、ゴールを目指す田口貫太さん

 ■定時制高校に通いながら牧場経験、2回目で難関突破

 競馬学校受験は、2019年の1回目が不合格だったため、1年浪人して、滋賀県長浜市の牧場(三田馬事公苑)に行って仕事をさせてもらい、定時制(長浜北星高校)にも通った。4月から12月まで住み込みで馬の世話をしながら、乗馬経験をみっちり積んで騎乗技術を磨いた。挫折から1年後、応募者125人のうち合格者は8人という難関を見事に突破。「朝の馬の手入れから始まって、牧場での経験が生きた」という。未来のスタージョッキーを目指して、同期生と厳しい訓練に励んできた。    

 競馬学校での3年間で厳しかったことは「やっぱり、最初は先輩の方たちとの上下関係でしたね。(厩舎作業や実技など)慣れるまではスムーズにできず、しんどかった」。厳しい体重制限については「46キロから年齢によって変わってきますが、上限は48キロでした。自分の体重は45キロぐらい。食事は体重が軽かったので、制限しなくても大丈夫でした。お菓子もそんなに食べなかったので、苦しくなかった」。

 ■大きな夢「日本ダービー、凱旋門賞Ⅴ」

 JRAへのゲートが開き「うれしいですね。デビューに向けてはまだまだ学ぶことが多いので、しっかりレースを見て先輩に追いつけるよう頑張りたい」。将来の夢としては「騎手を目指したきっかけが日本ダービーだったので、ダービーを勝ちたい」ときっぱり。

 さらに競馬学校入校時からの大きな夢は凱旋門賞を勝つこと。ディープインパクトで挑んだ武豊騎手も勝っていないレースだが、「相当難しいことですが、チャレンジできる騎手ではありたいですね」と。いつかその挑戦がかなう可能性はある。

 デビュー後は「厩舎関係者やお客さまに愛され信頼され、勝てる騎手を目指したい。1年目は自分や厩舎も表彰対象となる30勝以上できたらいい」と意欲。目標とするジョッキーは、クロノジェネシスで有馬記念などを制した北村友一騎手と、凱旋門賞6勝の名手ランフランコ・デットーリ騎手(イタリア)。周りの期待は大きいが、長いジョッキー人生。「つらいこともあると思いますが、腐らずに地道に頑張って花を咲かせられたらいいです」

田口貫太さんら合格者6人と、来賓として激励した日本競馬騎手会長の武豊騎手(中央)

 ■「明るさが取りえ、そこは見てほしい」

 セールスポイントとしては「僕、結構明るいので、そこが取りえなんで。厩舎関係者らにも愛されたいんで、ふてくされたりしないで。そういうところは見てほしいです」。競馬学校の関係者も「貫太はいつも笑っているイメージがあるよな」とのことで、デビュー後の売りにもなりそうだ。

 合格者のうち女性は小林美駒さん(17)=新潟県出身=と河原田菜々さん(18)=大阪府出身=の2人。JRAの女性騎手は通算12人(現役は6人)となる。このほかの合格者は石田拓郎さん(18)=茨城県出身、小林勝太さん(20)=長野県出身、佐藤翔馬さん(18)=神奈川県出身。

 貫太さんにとって同期生の5人はお互いライバルにもなる。「いままでは一緒に生活してきたが、デビューしても成績を高めあっていければいいです」と、同期では最初に初勝利を飾りたいところだ。

卒業記念の模擬レースを無事終えた田口貫太さん

 ■父「笠松からも強い馬をつくらないかんね」

 父の田口調教師としては、貫太さんに自厩舎の馬に騎乗してほしいのだが「笠松では、エキストラ騎乗ができないからね。中央へ挑戦できるような強い馬をつくらないかんね」と。笠松など地方競馬でのJRA交流戦では、中央の若手騎手が騎乗することも多い。しかし現状では、コロナ禍の影響で、他のレースの地方馬に騎乗できないからだ。

 合格者6人は卒業記念の模擬レースで騎乗技術を競い合った。貫太さんは第7戦まで勝利はなかったが2着は多く、ポイント2位につけていた。「コーナーへの入りを意識したい」と挑んだ最終戦は5着に終わったが、精励賞を受賞した。最終戦も制した小林勝太さんが3連勝とし、総合優勝を飾った。

 父の輝彦さんは「3年間頑張って無事に卒業できた。プロとしてデビューするこれからが大変だろうが、教わったことをしっかり身に付けて一歩一歩成長。息の長い人に愛されるジョッキーに。競馬場の舞台は違うが、同じホースマンとしてお互い頑張っていければ。順調なら阪神で3月4日に乗れればいいが」と期待していた。

 ■母「まさかJRAに受かるとは、夢見心地です」

 母の広美さんは「日本ダービーを見て、騎手を目指してくれた。まさかJRAに受かるとは思っていなかったので、本当に良かったです。夢見心地です。みんなにかわいがってもらえる明るいキャラなんで、けがなどなく無事に乗ってくれれば。あんまり期待するとプレッシャーになるんで、彼なりに成長していければ」と優しく見守って応援。

 競馬学校関係者も「話すのが好きで、物おじしない性格ですね。3年間よく頑張って、これからデビューを迎える」と活躍を楽しみにしている。

田口輝彦調教師(左端)管理のニューホープが2019年の東海ゴールドカップを制覇。口取りには貫太さん(右から2人目)も参加した

 ■岐阜県出身者として初めてJRA競馬学校を卒業

 岐阜県出身の中央競馬騎手は、1950年代に菊花賞を2度勝った浅見国一さんはいるが、82年に開校したJRA競馬学校の卒業生(293人)で、岐阜県出身の騎手合格者は田口さんが初めて。両親が元騎手というのもJRAでは初のケース。

 「両親が元騎手」の国内第1号は、岐阜県笠松町出身の横川玲央騎手(30)=大井=。父が横川健二さん、母が神野治美さんでともに名古屋競馬の元騎手。弟の尚央さん=船橋=は2019年に引退した。名古屋競馬では1100勝超えの宮下瞳騎手と夫の小山信行元騎手の長男が、乗馬体験で騎手という職業に興味を持ち始めたという。

 ■地元ファン注目「笠松でも騎乗してほしい」

 競馬学校入学前、父の管理馬の重賞Vでは、貫太さんもセレモニーに参加してきた。ニューホープが笠松・東海ゴールドカップを勝った口取りでは、一緒に並んで歓喜の一瞬を親子で味わった。今度はJRA重賞を勝って、家族で優勝馬の口取りをすることも大きな目標になりそうだ。

 笠松競馬ファンも「応援したいです。『サラブレッド』だし、根性があり活躍してほしい。ハキハキした子で、JRAでもニコニコして頑張って」とエールを送り、地方・JRA交流レースやヤングジョッキーズシリーズでは「笠松でもぜひ騎乗を」と期待している。

 やっとスタート地点に立ったばかりだが、ジョッキーはレースで馬に乗せてもらうことが第一。まずは厩舎やオーナーサイドから騎乗依頼を受けられるよう、一歩ずつ地道に腕を磨いていきたい。デビュー後は、自信を持って乗ってほしいし、馬をよく動かせる騎手に成長できるといい。アンカツさんのような笠松競馬が生んだレジェンドの流れもあり、応援するファンも活躍を楽しみにしている。「期待に応えられるよう頑張ります。あしたから調教なんで」と、まずはデビュー戦を目指して、栗東トレセンでの厳しい騎乗訓練に励む日々が続く。

田口厩舎所属でさらなる成長が期待されている深沢杏花騎手

 ■田口厩舎の深沢杏花騎手、オープン勝ち

 田口厩舎に所属する深沢杏花騎手。笠松初代女性騎手の広美さん以来20年ぶりの女性騎手として、3年前にデビュー。田口厩舎に移籍し、一歩一歩成長。広美さんは「まさか女の子を面倒見るとは思わなかった」そうだが、女同士でも特にアドバイスすることはなく、「お父さんに任せっきりです」とのことだ。それでも1月開催は未勝利だったため「勝てない時もあるけど、一つ勝てばポンポンと勝てる」と励ましたそうだ。

 貫太さんの卒業式当日も、スマホで笠松での深沢騎手の成績をチェック。その後、最終10Rを田口厩舎・サンジョノコで今年初勝利を飾り、一安心。最終日メイン「フリージアオープン」では吉田勝利オーナー(県馬主会副会長)所有の6番人気馬マーミンラブで2勝目。広美さんの言う通り、ポンポンと乗っていけそうだ。