1996年2月、笠松・如月賞を勝って、桜花賞トライアル挑戦権を獲得したオグリエンゼルと安藤勝己騎手(笠松競馬提供)

 4月28日に芦毛馬限定「ウマ娘シンデレラグレイ賞」が行われるが、笠松競馬には芦毛の名馬が多かった。その代表馬オグリキャップの産駒で、桜花賞トライアルに挑戦した芦毛の牝馬「オグリエンゼル」という快速娘がいた。今回は、華麗なるオグリ一族の「ご当地アイドル」として、その蹄跡を振り返った。

 オグリエンゼルは美しい白い馬体でスポーツ紙上をにぎわせ、「笠松からまたアイドルホース誕生か」とファンの大きな注目を集めた。1990年代から世紀をまたぎ、笠松競馬一筋に14連勝を含めて通算27勝。父キャップの22勝を上回った。1番人気を28戦も続け、キャップの「代表産駒」といえる活躍を見せた。

 ■大差勝ちの鮮烈デビュー、オグリローマンの再来か

 1995年3月、ライデンリーダーが京都での報知杯4歳牝馬特別(現フィリーズレビュー)で豪脚V。1番人気となった桜花賞では4着に敗れたが、地方・中央交流元年のヒロインとして脚光を浴びた。その年の11月にデビューしたのが、オグリキャップ2年目産駒のオグリエンゼルだった。母はオグリパレード、母父は73年の天皇賞(春)を勝ったタイテエム。

 オグリエンゼルにはデビュー戦からアンカツさんが騎乗。新馬戦800メートルを48秒7で駆け抜け、サンキョウスーパーのコースレコード(48秒2)に迫る勢いを見せた。

 能力試験(4頭立て)では大きく出遅れて最後方から追い込んだが3着。タイムは53秒6と平凡。専門紙エースの印は父のデビュー戦と同じ▲印で、4番人気に甘んじたが、2番手から先頭を奪い、2着キングオブフェイス以下に10馬身以上の大差をつけて圧勝。父の初戦より1秒4も速いタイムに「本気で追ったら47秒台が出たかも。スケール雄大」と関係者も絶賛。圧巻の走りで、94年桜花賞馬オグリローマンの再来かと期待を集めた。

オグリエンゼル2走目となった1995年12月14日・笠松2Rの出走表(競馬エース)

 ■2戦目逃げ切り、鷲見調教師も手応え

 12月の2戦目は1400メートル。一気に◎印6個で「本命強力」の評価。夢いっぱいの素材で大物感が漂った。1番人気で好スタートから先手を奪ったが、初距離で息切れしたのか。ゴール前では2着馬トモシロレダーにクビ差まで迫られたが、何とか逃げ切った。調教にはアンカツさんのほか、中島広美騎手(田口貫太騎手の母)も騎乗。鷲見調教師は「攻め駆けしないが、実戦では抜群の反応。来年はこの馬で」と手応えを感じていた。
 
 感冒のため出走取り消し後、年明けで気分一新となった3戦目は名古屋へ出張。◎印は2個だったが、名古屋勢を押しのけて1番人気。初距離の1600メートル戦に適性を示して、3馬身差の楽勝。デビューから3連勝とした。

 ■キャップの妹シャダイと娘エンゼルが直接対決

 そして迎えた4戦目は笠松での如月賞。桜花賞トライアル・報知杯4歳牝馬特別(阪神)ヘの挑戦権を得るレースとなった。

 オグリエンゼルの前に立ちはだかったのが、オグリキャップの妹・オグリシャダイだった。父がリアルシャダイで、母はホワイトナルビー。同じ93年生まれで、オグリ一族の血が騒ぐ、妹と娘による直接対決が実現した。シャダイは既に重賞を経験し、ジュニアGPで4着。前走の名古屋戦では、エンゼルが勝ったレースより上級の特別戦を完勝していた。

如月賞ではオグリキャップの妹と娘が対決。オグリエンゼル=安藤勝己騎手=が半馬身差でオグリシャダイ=安藤光彰騎手=を破った(笠松競馬提供)

 ■アンカツ、アンミツの兄弟対決でも注目

 無傷のエンゼルにアンカツさん、6戦3勝のシャダイには兄のアンミツさん(安藤光彰騎手)が騎乗し、こちらは兄弟対決ということで、注目度は高まった。2頭ともに、キャップと同じ北海道・稲葉牧場生まれで、鷲見昌勇厩舎の管理馬だった。また、このレースにはキャップの娘がもう1頭、ダイヤキャップ(山際孝幸厩舎)も参戦。オグリキャップのデビュー戦の手綱を取った青木達彦騎手が騎乗した。

 エンゼルが1番人気で、差し脚が武器のシャダイは3番人気。名古屋・東海クイーン賞勝ちのゴーテンジョウ=川原正一騎手=が2番人気。白い馬体を躍らせて、スイスイと華麗に逃げるエンゼル。最後の直線では、エンゼルと追い上げるシャダイのマッチレースとなった。

 ■エンゼルが逃げ切って桜花賞トライアルへ

 ゴール前では白い馬体のエンゼルが黒い馬体のシャダイを振り切り、半馬身差で先着した。兄弟対決での一騎打ちを制して、アンカツさんが後ろを振り向くシーンは印象深い。ライバルを倒したエンゼルは桜花賞トライアルへの挑戦権を獲得した。ゴーテンジョウが3着、ダイヤキャップは6着。

 90年代は笠松競馬の黄金時代。「オグリローマン、ライデンリーダーに続け」と、笠松競馬のレベルが中央並みに高く「地方の雄」として輝いていた。鷲見昌勇調教師をはじめ、荒川友司調教師、後藤保調教師らが中央に殴り込みをかける強い馬づくりに燃えていた。

 95年デビューの牡馬ではフジノハイメリット(後藤保厩舎)が強かった。秋風ジュニア、中京盃を制覇し、中央のデイリー杯3歳S(GⅡ)にチャレンジ。やはりアンカツさんを背に、勝ち馬ロゼカラーから0.7秒差の6着。川崎・全日本3歳優駿でも6着。重賞は岐阜金賞など6勝と活躍した。

1996年3月、報知杯4歳牝馬特別(阪神)に挑戦したオグリエンゼルは7着で、桜花賞への夢は破れた(笠松競馬提供)

 ■4歳牝馬特別でエンゼル7着、桜花賞挑戦はならず

 96年3月10日、エンゼルは報知杯4歳牝馬特別(阪神)に挑戦した。前年の笠松・ライデンリーダーⅤの残像もあったし、キャップの娘として熱い視線を浴びて4番人気。良馬場、13頭立て。もちろんアンカツさんが騎乗。如月賞に続いて、こちらも貴重な写真が残っていた。

 逃げたニホンピロブレイズは最後の直線で失速。中団やや後ろの9番手を進んでいたエンゼル。4コーナーを回ってよく追い上げたが、ライデンリーダーのような豪脚はなく、ゴールでは勝ち馬から1.5秒差の7着に終わった。桜花賞出走権は得られず。勝ったのは佐藤哲三騎手が騎乗したリトルオードリー。桜花賞は9着だったが、オークスは3着。エアグルーヴなどが活躍したハイレベルな年だった。

4歳牝馬特別でパドックを周回するオグリエンゼルと安藤勝己騎手(笠松競馬提供)

 桜花賞前日には笠松のルイボスゴールド(牡5歳、大倉護厩舎)が阪神大賞典に挑戦していた。3冠馬・ナリタブライアンが死闘の末にマヤノトップガンを下した伝説のマッチレース。東海ダービーやダービーGP勝ちがあったルイボスゴールドは7番人気で、坂口重政騎手が騎乗。2頭には9馬身も離されたが、堂々の3着に食い込む健闘を見せた。複勝550円。笠松の馬が芝の重賞レースで馬券に絡むなんて、21世紀以降は夢物語となったが、中央でも通用する馬をバンバン出して「不思議の国・笠松」とも呼ばれた90年代には「普通のこと」だったのだ。

 ■笠松に帰って22戦連続で2着以内

 キャップの初年度産駒にはオグリワン(皐月賞16着、日本ダービー17着)やアーケエンジェル(桜花賞14着)、アラマサキャップ(オークス8着)といったクラシックに挑んだ馬がそれなりにいた。だが2年目からの種牡馬成績は大苦戦。桜花賞挑戦の夢はかなわなかったエンゼルだったが、笠松に帰ってから休養を挟みながら、こつこつと勝利を積み重ねていた。

地元・笠松で走り続け、通算27勝を飾ったオグリエンゼル

 中央挑戦から5カ月後、笠松で復帰戦を圧勝すると、1度5着に敗れたが、97年からは白星街道まっしぐら。2年余り負け知らずで、快速馬として逃げ切りを重ねて14連勝。22戦連続で連対(2着まで)を果たした。2001年4月の「つつじ特別」で10着に敗れ(坂井薫人騎手)引退レースとなった。毎年、春から夏場にかけては休養することが多く、昇級せずにC級での活躍がほとんどだったが、47戦して27勝、2着10回は立派。「オグリキャップの代表産駒では」というファンの声も多く上がった。

 ■シャダイは中央で初勝利、稲葉牧場でともに繁殖馬入り

 生まれ故郷の北海道・稲葉牧場で繁殖馬入りし、産駒数は10頭で計31勝と、母馬としても優秀だった。コーヒーゼリー(父・イーグルカフェ)が園田で7勝を挙げたのが最高成績。シゲルユタカマツリ(父スターリングローズ)は佐賀で6連勝を飾った。

 一方、オグリシャダイは現役時代に48戦8勝。97年に中央入り。99年1月、武幸四郎騎手の騎乗で後方12番手から追い込みを決めて中央初勝利。如月賞ではオグリエンゼルに敗れたが、中央で貴重な1勝をゲット。99年3月、アンカツさん騎乗での5着をラストレースに引退。先に稲葉牧場入り。繁殖牝馬として10頭。産駒のオグリシルクが2008年の東海ゴールドカップを制覇した。

昨年のウマ娘シンデレラグレイ賞で先頭を走るヤマニンカホンと深沢杏花騎手

 ■「ご当地アイドル」、今年のシンデレラグレイ賞女王は?

 今回、オグリエンゼルにスポットを当てたのは、まずキャップの代表産駒として5年半も競走馬生活を続けたこと。桜花賞トライアルで夢破れてからは、ホーム・笠松のC級を主戦場に41戦も走り、1番人気を続けた「ご当地アイドル」がいたことを知ってほしかったから。8歳時にはB2クラスでJRA指定交流戦「初夏特別」にも登場。競馬エースは果敢に◎印。1番人気でファンの支持を集めた。坂井薫人騎手の手綱でハナを切ったが、失速し10着に終わった。          

 笠松では「芦毛対決」となったオグリキャップやマーチトウショウの激闘から、ミツアキタービン、エーシンクールディなど芦毛馬が活躍してきた。今年のウマ娘シンデレラグレイ賞でも、芦毛馬ばかり10頭程度の熱戦が繰り広げられる。昨年は雨の中、ヤマニンカホンが逃げ切り、深沢杏花騎手がクイーンに輝いた。コロナ禍はあっても、4コーナーからの声援がすごく、「いいレースを見せてもらった」と感動の嵐を呼び、ゴール後も大きな温かい拍手が長く鳴り響いた。初代王者のヤマニンカホンは昨秋、レース中のけがで引退したのは残念だが、今年も10~20代のウマ娘ファンが多く駆け付けることだろう。人馬とファンが一体となって、どんなパフォーマンスを見せてくれるのか。来場者はライブ観戦ならではの興奮を味わえることだろう。 

昨年7月、笠松で1着ゴールを飾ったナラ=深沢騎手=は引退が決まった(笠松競馬提供)

 ■「遠征アイドル」「鉄の女」ナラが骨折で引退、命はつながった

 一方「笠松の遠征アイドル」は船橋がラストステージとなった。「6日のC級サバイバルを勝った『鉄の女』ナラ姉さん、12日の船橋・マリーンCに中5日で深沢杏花騎手と参戦。17日には中4日で笠松登録あるけど、休めるとイイネ」とツイッターに投稿したが、ハードワークが心配だった。17日の笠松出走はなく安心していたところ、19日になって関係者から「笠松のスタミナ女王『ナラ』骨折、引退か」という悲報が流れた。

 ナラは伊藤勝好厩舎の7歳牝馬。全国の遠征先にファンが多い馬で、心配されたが「ナラさん引退なんですけど、とりあえず明るい老後が待っているから安心してほしい」と厩舎関係者の声がツイッターに寄せられた。引退は残念だが、まずはホッとしたファンたち。「多くの競馬場とグレードレースで、競走馬としての責務を全うできましたね」「命をつなげてもらえるなら本当に良かった。お疲れさまでした」といった声もあった。 

昨年、笠松競馬秋まつりでチャリティーオークションに参加。ナラのゼッケンを掲げる深沢騎手

 ■「勤続疲労」を抱え、遠征先で完全燃焼

 ナラは門別デビューで10戦目から笠松に移籍。103戦14勝。岐阜金賞では松本剛志騎手が乗って、地元馬最先着の3着と健闘。盛岡から佐賀まで全国のダートグレード競走を中心に連闘することも多かった。

 トウホクビジンやタッチデュールに続く「鉄の女」ぶりを発揮。交流重賞での相手はレベルが高い中央馬だが、出走・騎乗手当なども高いレース。他地区地方馬の出走枠が空いているなら、権利がある笠松の馬が遠征するのもビジネス的には「あり」だと思っていた。

 主戦となった深沢騎手は「あんなタフな馬いないですよ」と頑張りをたたえていたが、「ナラさん、ちょっとお疲れです」と年齢的な衰えを心配。「勤続疲労」を抱えた脚元などは時には悲鳴も上げていて、全国区での挑戦で完全燃焼したということだろう。昨春「船橋・かしわ記念→笠松」で中4日というきついローテはあったが、今回は「笠松→船橋・マリーンC」。中5日での参戦がラストランとなった。笠松勢は南関東勢と同じく4頭もゲートイン。派手なメンコなどでパドック周回からファンを楽しませてくれた。

 ナラの参戦は地方競馬が11場(水沢、大井以外)、中央は2場。ダートグレードでは先頭から100㍍以上引き離されてゴールすることも多かったが、13勝を挙げた笠松での好走パターンはやはり先行策。C級サバイバルでも3番手から最後のたたき合いを制した。「鉄の女」が燃え尽きるような激走を見せてくれ、個人的にはベストレース。

 「もう無理して走らなくていいんだよ。ゆっくり休んでけがを治して、繁殖に上がれたらいいね」とはファン共通の思いだろう。ナイター競馬で騎乗した深沢騎手らは、寝る間もなく笠松に戻って攻め馬に励んできた。ナラら遠征馬とともに、騎乗した笠松のジョッキーたちも本当によく頑張っている。1人で30頭前後に乗る者もいて、調教中のけがは多いので、十分に気を付けてレースに備えてほしい。

オグリキャップが2走目で初勝利を飾った1987年6月2日の笠松1R出走表など(競馬エース)

 ■オグリキャップ、2戦目で圧巻の初勝利(1987年6月2日)

 前回に引き続いて、オグリキャップ笠松時代の専門紙を紹介しよう。デビュー戦は2着惜敗だったが、2戦目も800メートル。競馬エースには◎印が5個並んだ。ただ一人、△印もあるが、今度は文句なしの主役。デビュー戦で3着以下には5馬身以上引き離し、勝負づけが済んだ相手6頭との再戦になった。宿敵マーチトウショウは不在で、対抗の○印は前走3着で実戦派のノースヒーローとなった。

 キャップは断トツの1番人気。前走ただ一頭50秒台で、負けられない一戦となった。騎乗したのは鷲見厩舎所属の高橋一成騎手。能力試験、デビュー戦で乗った青木達彦騎手から変更となった。

 ■最後方から差し切り、「芦毛の怪物」伝説序章

 キャップのスタートは一息だったが、ワンターンのスプリント戦で圧巻の初勝利を飾った。最後方からの競馬となったが、3~4コーナーで一気に先頭を奪うと、最後の直線では高橋騎手も手綱を持ったまま。2着ノースヒーローに4馬身差をつけてゴールイン。後方待機策からの強い勝ちっぷりで、同世代のエース候補に躍り出た。

 枠連は①②で330円と本命が入ったが、単複では異変を招いた。単勝「110円」に対して、複勝の方が高い「130円」という通常あり得ない配当となったのだ。単勝458票中309票をキャップが占めたのに対し、複勝は235票中75票。単複が売れない地方競馬ならではの珍事。「芦毛の怪物」伝説の序章となった。