アーモンドアイへの思いなどを語る名伯楽の国枝栄調教師

 アパパネとアーモンドアイの「3冠牝馬」2頭を育てたJRAの名伯楽・国枝栄調教師(66)=美浦=。11日、中京競馬場でのレース後、故郷である岐阜の地(本巣郡北方町出身)に墓参りを兼ねて立ち寄った。

 競馬の世界に入るきっかけをつくってくれた中学時代の友人に再会するとともに、岐阜新聞社を訪問。日本競馬界きってのご意見番でもあり、メディアへの発信力は絶大。アーモンドアイやオグリキャップの思い出、不祥事に揺れた笠松競馬、地方・中央の格差是正などについて「ぶっちゃけトーク」で熱く語ってもらった。

 国枝調教師は北方中学校時代、部活はバスケットボール部に所属。3年生の頃、同級生の馬渕貴好さんに「競馬の楽しさ」について教えてもらい、ダービー馬などに興味を持つようになった。「頭のいい子で、絵でも何をやられても、この方は大成されたと思います」と馬渕さん。国枝調教師は「いいこと言ってくれるね。馬渕さんがいなければ、いまの自分はないです。人生どこでどうなるかですね」とにっこり。愛馬たちと駆け抜けた調教師人生は輝かしいものになった。

アーモンドアイは日本ダービーや凱旋門賞に出したかった

 ―「牝馬の国枝師」とも呼ばれますが、海外を含め芝GⅠ最多の9勝を挙げたアーモンドアイはどんな存在でしたか。

 「日本の競馬史上でも一、二を争うぐらいの素晴らしい素材の馬と出会った。順調に最後まで来られたおかげで、いろんな経験をさせてもらい、貴重な時間を過ごせました」

秋華賞を制覇し、牝馬3冠を達成したアーモンドアイと国枝調教師ら喜びの関係者

 ―騎乗したクリストフ・ルメール騎手は「ライフホース」と呼んでましたが、国枝さんにとってもそうでしたね。
 
 「騎手や調教師らホースマンにとって、なかなかそういう馬はいません。日本のナンバーワン、世界でも有数の騎手が『ライフホース』と呼ぶくらいの馬だったんで、引退してからの方がその偉大さをひしひしと感じますね」

 ―(ウオッカのように)日本ダービーへ挑戦する期待もあった。先生にとっても悲願であるダービー制覇へ、アーモンドアイを出走させたかったのでは。

 「アッハッハー。誠にその通りで。馬というのは1人で乗れるもんじゃないから。いろんな形で作り上げていくんでね。(レース選択でも)何かのしがらみというか、自分一人で決められるわけじゃないですが。これだけの馬なんで、できたら『ダービーと凱旋門賞へ』という夢は持っていました」

競馬は夢を追い掛ける商売なんで「頂点」を目指したい

 ―秋華賞で牝馬3冠を達成し、凱旋門賞挑戦はルメール騎手も願ってましたね。

 「そうでしたが、なかなか思うようにはいかなかったです」

 ―シルクレーシング(一口馬主クラブ)の持ち馬でしたが、もし個人馬主ならダービーに行けたのでは。

 「夢を追い掛ける商売なんでね。そういう素材の馬なんで、どなたも『頂点』を目指したいと思われるんじゃないかな」

 ―観戦したレースでは秋華賞を勝ってくれましたが、安田記念と有馬記念は敗れてしまいました。

 「安田記念は2回負けた。最初の時は武君(武豊騎手、ロジクライに騎乗)が意地悪だったんですよ。アーモンドアイがちょっと出遅れたところ、武君の馬が外から前に入ってきて危ない場面があって。しまい追い込んで届かず3着でした。でもさすが武君で『僕もいけないんですけど、遅れる方も悪いんですよ』とか言って、笑い話で終わったんですけど。まあ普通に走ってくれれば、多分あのレースは楽に勝てたが、それも含めて競馬なんですよ」

 「2回目の安田記念は2着でした。その前のレース(ヴィクトリアマイル)は圧勝でしたが、安田記念では馬場が悪くて出遅れて。勝ったのはグランアレグリアで、強い馬だったんで負けました。その年の有馬記念は、ゴール板前を2回走る初めての競馬だったんで、最初の4コーナーで外に位置して、その時点でトップギアに入ってロスが多くて負けました。それぞれに理由があって『力負け』じゃないと思ってます」

アーモンドアイの主戦・クリストフ・ルメール騎手と勝利を喜び合う国枝調教師

びっくり仰天、2分20秒6のジャパンカップがベストレース

 ―アーモンドアイのベストレースは。

 「みんな印象深いですが、特に最初のジャパンカップですよね。2分20秒6(2400メートルの世界レコード)ですかね。ゴールしてから時計がアナウンスされた時『エーッ』と思って。大概はレコードといってもコンマいくつとかで1秒いかないのに、(2分22秒1から)1秒5も塗り替えちゃって、びっくり仰天でしたね」

 ―ジャパンカップは相性が良かったですね。

 「ジャパンカップと天皇賞・秋は、古馬と男馬も交じってのGⅠ中のGⅠなんで。そこで結果を出せた(ともに2勝)のが良かったですね」

 ―ラストランとなった2回目のジャパンカップは、3冠馬3頭による頂上決戦と言われましたが。

 「天皇賞を使った後のフィナーレで。コントレイル、デアリングタクトに続いて、アーモンドアイも最後に『行く』と決めた。無敗の3冠馬2頭との対決で盛り上がって、勝てて良かったです」

 ―こんなビッグレースはもうないかも。

 「競走馬は生き物で、体調とかあって、そろうことがなかなかないんで、記録にも記憶にも残るレースだったなあと」

ワグネリアンが勝った2018年の日本ダービー。国枝厩舎のコズミックフォースは3着。アーモンドアイが出走していたらどうだったか(競馬ブック提供)

ダービーに出ていれば「多分勝ったんじゃないかな」

 ―アーモンドアイが日本ダービーに出ていたら、勝算はどうでしたか。

 「いやー、タラレバですが。あのとき、ワグネリアンが勝ちましたが、うちのコズミックフォースも出ていて3着(0.2秒差)でした。騎乗した石橋脩騎手は当時、女馬のラッキーライラックにも乗ってました。アーモンドアイのライバルで、桜花賞は1番人気で2着(0.3秒差)。その2頭の比較では、石橋騎手が言うには『コズミックより、ライラックが上』だと。三段論法からいくと、アーモンドアイがダービーに出ていれば、多分勝ったんじゃないかなあと思います」

 ―個人的には、(国枝厩舎の応援で)コズミックフォースから3連複の高配当を取らせてもらってありがたかったです。

 「コズミックにとっても一番のパフォーマンスだった。つい先日、(移籍先の)大井・ダート重賞(勝島王冠)を勝った。いまも活躍してくれてて、いろんな可能性があるんだなあと思う」

 ―アーモンドアイはドバイでも勝って(ドバイターフ)、いいレースでしたね。

 「ドバイは初めての海外で、向こうもアーモンドアイが来るということで、すごく盛り上がって。ルメールさんも喜んで行って、きちっと競馬ができて結果を出してくれて良かった」
 
 ―(現地での勝利インタビューでは)先生の英語力もネット上などで話題になりましたし、堪能ですね。

 「いやー『インチキ英語』でね。メディアを通じても、日本では味わえないこともいっぱいあり、非常にいい思い出になりましたね」

 ―英語はどこかで勉強されたのですか。

 「調教師になる前に、ドバイのシェイク・モハメド殿下がジャパンカップに来た時にすごく感激して『日本のホースマンに何らかのお返しをしたい』とドバイ奨学制度というのを作ったんですよ。その時に初めての奨学生としてイギリスやフランスへ行かせてもらって、ちょっと泥縄で勉強して覚えました。機会を見つけて、また勉強しようかなあと思っています」

笠松での不祥事について、「地方競馬は厩舎サイドへの見返りが恵まれていない」

 ―地方競馬についてもお聞きしたいんですが。笠松競馬が不祥事で8カ月間もレースを自粛したことは、ご存じだと思いますが。外から見ていてどんな印象でしょうか。

 「同じ競馬サークルの中で、地方と中央という形がある。馬券的には売り上げは伸びているが、現場・厩舎サイドへの見返りが、地方競馬にとっては、ちょっと恵まれていないのかなあと思う。話は大きくそれちゃうかもしれないが、日本の競馬自体を、もうちょっと、きちっとした形で構築していくべき時期に来ているのでは」

 「(笠松競馬で)そういうことが起きるのは、業界全体としてはヘルシーじゃない。やはりファンあっての競馬であり、業界において好ましくないこと。(笠松だけの問題じゃなく)本来は全体として、生じること(不祥事)に対してもっときちっとした形で取り組んでいくべきではないか」

8カ月間のレース自粛を経て再開された笠松競馬。場内にファンが戻り、馬券の売り上げもまずまずだ

売り上げ増で、きちっとした仕事ができる条件づけ必要

 ―笠松では、騎手自身が騎乗していたレースの馬券を買っていたという「ブラックなこと」でしたが。

 「そうせざるを得ないという事情が問題だと思う。ずっと昔から、厩舎関係者や騎手が馬券を買ってはいけないということは『公正であることを担保するための条件』だった。それなのに、そういうことに関わった。そこにはそうせざるを得ない理由があったと思うが、公正さの条件をクリアしていくべきだ。これだけマーケットの売り上げがあるなら、現場サイドに対しても、本当にきちっとした仕事ができる条件づけが必要だと思う」

 ―21世紀に入って、地方競馬がバタバタとつぶれて、笠松も危なかったが、何とか持ちこたえてきた。1日1億円売れるかどうかの時代が続き、賞金・手当も少なかった。賞金面での二重構造では、地方と中央の格差は大きいですが。

競馬サークル全体として、規制緩和でうまくやっていくべき

  「そういう意味では、もう時代が変わっちゃったんでね。地方から走る馬が出ていた頃、古くはハイセイコー(大井)、スピーデーワンダー、ジュサブロー(名古屋)。その後、オグリキャップ(笠松)が出て、地方・中央が競い合う構図だったのが、中央がグーンと伸びて、地方が置き去りになった」

 「いろんな形で規制緩和が進むことにより、片っぽが残された形になった。当然、主催者が違うんで、しょうがない部分はあるが、全体の競馬サークルとして考えた場合、規制緩和というところで、(地方・中央の)両方がうまいことやっていくべき時期に差し掛かっていると思う。それが実現できていない」

 「競馬場以外では、馬産地は一緒だが。日本の競馬を外から見た場合、『二重構造』というのはどういうことなのかな、という気がするんですよね」

「アスリートファースト」で、競走馬が能力を発揮できる舞台を

 ―中央競馬サイドから見て、格差是正に向けた提言は何かありますか。

 「やはり、いびつになっている部分はお互いにとって良からぬことなんですよね。いま、中央競馬は売り上げが伸びて、いろんな形で恵まれた条件でやるから、馬がどんどん集中しているんですよ。開催規模は昔から一緒で、言ってみれば『器』が一緒なのに、条件がいいからって、すごくどんどん入ってきて、馬は頭数過多になっている」

 「片や地方競馬の方はだいぶん良くなってはきたが、相対的に見てあまり魅力がないという。そこらをもっとなだらかに、競走馬が実力によって動くような構図を作った方がいいんじゃないかと。(地方、中央など)所属によるんじゃなくて、馬の能力とかを優先した方がいいのでは」

 ―笠松競馬でもJRA交流レースが15日から復活。南関東は賞金も高く、ダートでは中央から大井などへ転入する馬も多くなっているが。

 「それはあっていい事じゃないかな。われわれが考えなきゃならないのは『アスリート』である競走馬がスムーズに能力を発揮できる条件をつくることで、すごく重要だと思う。『アスリートファースト』ということでね。それがそうじゃなくて、いろいろな決まりだとか、立ち位置によって、馬が能力を発揮できる舞台がないのが一番問題だと思う」

 「まず馬がありきで考えていけば、いろんな答えが出てくるのでは。所属によって出たくても出られないとか、何だかんだあるが、みんなの共通認識として『まずアスリートファーストでいこう』という話ができればいいんじゃないかと思う」
 
 ※インタビュー翌日には、国枝厩舎のサークルオブライフがGⅠ「阪神ジュベナイルフィリーズ」を勝ち、2歳女王に輝いた。次回はオグリキャップの思い出、悲願であるダービートレーナーへの思いなどを紹介する。