「ヒップホップのラップのやり方の本ってないですか?」と、いつもお世話になっている本屋さん、ちくさ正文館の古田一晴さんに訊(たず)ねて笑われた。
「ラップは歴史が浅すぎてやり方の本なんてないよ」
そう、伝統文化である短歌をずっとストイックに続けていた私が、ここしばらくはオンラインサイファーというラップの遊びにはまっている。音声アプリで出会ったサイファーグループに何度も参加し、見様見真似(みようみまね)で始めていくうちに、余白を大切にする短歌の文化から、余白を即興で詰めていくというラップという逆の文化にはまってしまったのだ。
言葉って面白い。そう改めて思う。近年勉強している英語もそうだし、ラップの言葉も短歌とは全然違う。さらには最近古典和歌に触れる機会も増え、自分の中に現代短歌、ラップの言語、英語、古語が混ざりあっているという不可思議な状態を楽しく味わっている。そして形式が違うと話す内容も変わる。意識しなくとも、エイトビートで言いたいことと、短歌や和歌で言いたいこと、英語で言いたいことはそれぞれ違ってくるのだ。「英語話していると別人だな」。何人かの人に言われた。形式が自分のinsideをdecideしていく、ya! あ、英語で韻を踏んでしまった。今の私はまさにこんな感じの毎日だ。
形式が言動を変える。これはみんなが実感していることではないだろうか。せんべろのお店で話すことと、ホテルのバーで話すことは変わってくるように。パジャマ姿で話すこととスーツ姿で話すことが変わるように。だったらマインドよりまず形式から入ってみるのもいい。outsideがinsideを変える。そんな感じで人生はふと変わるかもしれない。変えたいなら形から。馴染(なじ)みのカフェやレストランを一度変えてみるのもいい。まずは1枚のTシャツでも1本のペンでもいい。変わりたいなら形から変えてみよう。You can change more! ya!
岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。