日本唯一のママさんジョッキーとして現役復帰を果たし、活躍を続けている宮下瞳騎手=名古屋

 「菜七子フィーバー」に沸いたフェブラリーSだったが、2月20日の笠松競馬の第4Rでも、2人の華麗な女性ジョッキーの姿があった。名古屋競馬の宮下瞳騎手と木之前葵騎手が参戦。ゲートイン前の輪乗りから、華やかな雰囲気となった。笠松若手コンビの水野翔騎手、渡辺竜也騎手らとフレッシュな一戦。宮下騎手は、ハナ差で3着に粘り込んだ。

 3年前の夏、日本唯一のママさんジョッキーとして現役復帰を果たした宮下騎手。22日現在、767勝をマークし、地方競馬の女性騎手日本最多勝記録を保持している(2位は高知・別府真衣騎手の714勝)。昨年も53勝を挙げており、最多記録を抜かれたくない気持ちは強い。「1000勝できたら、かっこいいですね」という本人の言葉通り、大台も数年後にクリアできそうな勢いだ。
 
 ジョッキーと子育て(男児2人)の両立。名古屋のファンから「お母ちゃん、調子いいね」と声が飛ぶように、純粋に闘志を燃やしてレースを楽しむ姿はとても頼もしい。最近、テレビ番組「報道ステーション」のスポーツコーナーでも紹介され、大きな反響を呼んだ。

地元・名古屋で騎乗する宮下騎手

 復帰後、昨年は笠松での騎乗が2レースのみ(2着1回)と激減していたが、今回は尾島徹厩舎の所属馬で計3レースに騎乗した。初戦から見せ場十分で、5番人気フライングゲットを2着に押し上げた。笠松での乗り方を熟知したコース取りで、5番手から4コーナーでインを突くと、直線では大外に持ち出して勝ち馬ストロベリーキング(筒井勇介騎手)に迫る好騎乗を見せてくれた。
 
 数々の女性騎手記録を更新してきた宮下騎手だが、笠松でも大きな足跡を残していた。先輩の小山信行騎手と結婚した05年の7月、笠松で通算350勝を達成したのだ。当時、吉岡牧子騎手(益田競馬所属)の持つ女性騎手の日本最多勝記録に並んで、大きなニュースになった。

女性騎手最多タイの通算350勝を笠松で達成。花束を手に喜びの宮下騎手(2005年7月12日付・岐阜新聞)

 マヨヒメに騎乗し、2着に半馬身差で勝利。当時の新聞記事(社会面)によると、笠松競馬場内では花束贈呈のセレモニーも行われ、宮下騎手は「一戦一戦、大切に乗ってきた。(タイ記録を達成でき)すごくうれしい」とにっこり。観客から「おめでとう」と祝福の声には、照れながら「ありがとうございます」と繰り返した。1週間後、名古屋で351勝目を飾って最多記録を達成した。

 宮下騎手は鹿児島市出身で41歳。2006年6月6日の6並びの日には、ヘイセイチャンスに騎乗し、夫の騎乗馬メイショウタンドルと大接戦。並んでゴールインし、「夫婦で1着同着」となるミラクルな記録を達成。NARグランプリ優秀女性騎手賞には10回も輝き、昨年の表彰式では「復帰してからは楽しんでレースに乗れています。(子どもたちも)勝ったときは一緒に喜んでくれます。重賞をまた勝ちたいです」と語り、純粋にジョッキーライフを満喫。重賞はヘイセイチェッカー(02年クリスタルカップ)、ポルタディソーニ(17年秋の鞍、18年梅見月杯)で計3勝を飾っている。
 
 2011年の騎手引退後、成長した長男に「ママが馬に乗るのを見たい」と言われ復帰を決意。競馬専門紙「エース」に執筆していた「宮下瞳のEye Catch」でも騎手復帰を宣言し、ファンを驚かせた。5年ぶりとなったレース後には「かっこいいママの姿を見せられて良かった。自分の記録を1勝ずつ更新できるよう頑張りたい」と語った。夫は騎手を引退し、韓国で調教助手を務めている。

カツゲキキトキトで笠松重賞・新緑賞を制覇し、笑顔の木之前葵騎手

 名古屋競馬のもう一人のアイドル、木之前騎手は宮崎県出身で25歳。笠松への参戦も多く、3年前にはカツゲキキトキトで新緑賞を制覇した。今年の笠松初勝利は2月18日の第8R。4番人気トワノホホエミに騎乗し、2番手から差し切り勝ちで笑顔も満開。3連単80万円超の大万馬券に絡んでくれた。最近の笠松競馬では1日1回、メインなどで大荒れレースがドカンと出現する傾向にある。
 
 昨年末、大井競馬場でヤングジョッキーズシリーズ(YJS)が行われ、笠松の渡辺竜也騎手も参戦したが、騎手紹介式でプラカードを持っていたのが、地方競馬教養センターで学ぶ騎手候補生たち。女性は3人が並んでいたが、そのうちの一人、関本玲花さんがこの冬、笠松競馬場内での実習生として、調教などに励んでくれた。レース開催日には、木之前騎手が騎乗した後、一緒に馬具の手入れなどを行う姿も見られた。

YJS騎手紹介式で、プラカードを持つ騎手候補生たち。笠松で研修した関本玲花さん(左)と中島良美さん=大井

 YJSでは、笠松競馬の広報マンが「騎手が少ないから、いっぱい乗れますよ。ぜひ笠松に来てください」と女性候補生に呼び掛けていたが、南関東や北海道、岩手に比べて若手騎手の騎乗機会が多いことは確か。笠松なら1年に500レースぐらい乗れるし、日本の真ん中で、南や北へと遠征もしやすい。水野翔騎手のように北海道からの移籍組も活躍しており、若手騎手のデビューは大歓迎である。

笠松でのレースを終えた木之前騎手と、馬具の手入れなどを行う実習生の関本さん

 関本さんは父でもある関本浩司調教師の厩舎(水沢)に所属予定。笠松での研修を終え、今年秋のデビューを目指し、地元で実習に励む。目標にしていた鈴木麻優騎手(岩手)は引退したが、「憧れのステージに立てるように、これからもくじけずに頑張ります」と意欲を示し、新たな女性騎手誕生へ地元の期待は大きい。いつかチャンスがあれば、冬場の期間限定騎乗などで笠松にも挑戦してもらいたい。

 同じ98期生の中島良美さんは「女性ジョッキーでは、宮下瞳さんに憧れています」という。浦和の平山真希厩舎で実習中。昨春のオグリキャップ記念を勝ったエンパイアペガサスを管理している厩舎でもあり、V2を目指して今春の笠松参戦があるかも。
 
 岐阜県出身の浅野皓大(こうだい)君も今秋デビューを目指している。笠松ではないが、所属予定の名古屋・今津博之厩舎で実習中。「武豊騎手や的場文男騎手のようなトップジョッキーになれるように頑張ります」と夢はでっかい。

 97期生では、笠松の名手である父・東川公則騎手の背中を追って、候補生の慎君が、後藤正義厩舎所属で4月デビュー予定だ。女性では、濱尚美さんが高知・目迫大輔厩舎で実習。かつては笠松の騎手(後藤保厩舎)でもあった目迫調教師の指導を受け、4月デビューを目指している。ジョッキー人生を夢見る姿はそれぞれだが、全国各地の地方競馬のつながりが深いことが実感できた。
 
 男女の区別なく戦う厳しい競馬の世界。全国の地方競馬の女性騎手は現在5人。宮下騎手、木之前騎手、別府騎手のほか、岩永千明騎手(佐賀)、竹ケ原茉耶騎手(ばんえい)が現役。女性騎手に対する負担重量の減量制度(平地)は、笠松や名古屋などで1キロ減。中央競馬でも3月から2キロ減を実施する。国際的な流れであり、女性騎手の騎乗機会を増やす目的もある。地方では今年3人、JRAでは2年後に2人の女性騎手がデビューを目指しており、増加傾向にある。

笠松初の女性騎手・中島広美さんは通算120勝を挙げた

 女性騎手は、かつての笠松でも2人が所属していた。1992年に17歳でデビューした中島広美さんが最初で、通算120勝を挙げる活躍を見せた。笠松で行われた女性ジョッキーの国際レースにも参戦した。田口輝彦騎手(現調教師)と結婚し、出産とともに現役を引退。初のママさんジョッキー誕生の期待もあったが、復帰することはなかった。笠松の女性2人目は93年デビューの岡河まき子さんで、通算20勝を飾った。

 ママさんの宮下騎手は、笠松では年間100レース以上騎乗していたこともあり、通算60勝。木之前騎手は14勝した年もあり、笠松で通算53勝。同じ東海公営で、ほぼ隔週で交互に開催されている笠松と名古屋。地方競馬を華やかに盛り上げていくためにも、新たな女性騎手のデビューや、2人への騎乗依頼が増えるといい。場内では「きょうは葵ちゃんを見に来た」という声も聞かれる。出走予定表を眺めながら、宮下騎手と木之前騎手の笠松参戦を楽しみにしているファンは多い。