シャネルのメークカウンターに座ると視界の先できらっと、あのシャネルのマークが光った。女子なら憧れの、黒地に金のロゴ。金色が大好きだ。金色は素晴らしい色だと思う。華やかで、豊かで、惜しみない。スタッフのお姉さんが目の前に二つアイシャドウを差し出す。一つはパールが細かくかかったクリーミーなタイプ。もう一つはラメがふんだんに入ったグリッターなタイプ。これから夏ですからラメもいいですよね、など言いながら、お姉さんは私の目元にチップを当てた。ひととき、得体(えたい)の知れないきらきらに身をまかせる。

 「どちらになさいますか」

 「ええと、しばらく考えるので、品番をくださいな」

 品番を記すお姉さんの爪が、またきらっと光る。

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(撮影・三品鐘)

 輝くものが好きだ。ラインストーン、スパンコール、スワロフスキー、(持っていないけどもちろんダイヤモンドも)。服の金の縫い取りも好きだし、金と銀のペンなんかも持っているだけでワクワクする。きらきらしたいというのは、ごく普通の願望だと思う。きらきらなしで過ごすには、女性の人生はあまりにハードだ。家事、生理、仕事、出産、子育て、介護。人によってはその全てを負うことになる。洗濯を干しながら、雑多な書類を片付けながら、私のせいでもないのにいつも後ろめたい気持ちでコンビニエンスストアに駆け込んで生理用品を買いながら、ときには心を自由にさせる羽が欲しい。そんな時に助けてくれるのはいつも「きらきら」だ。

 この春から名古屋芸術大学で非常勤の仕事を始めた。初回は先生らしく見えるよう、いつもよりしっかりめに眉を描き、睫毛(まつげ)を丁寧に梳(と)かし、珍しくテーラードを羽織る。そして仕上げはきらきらした金のピアス。真面目な仕事だからこそ、装いにもほんのちょっとの遊びが欲しかった。そして、そのほんのちょっとの遊びは、授業で私に自由なアイデアと柔軟性を授けてくれた。

 きらきらしていこう。生活に縛られる中で、自分を浮遊させてあげるのは、あなたの心の奥にあるきらきら次第だ。実際は何も持っていなくても構わない。心にきらきらを宿して、ひとり重い現実から飛び立とう。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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