8月まで週に1回、ラブを教える女教師をしていた。と言ってもエッチな意味ではない。この春から夏まで半期、名古屋芸術大学の「恋愛心理学」の非常勤講師として教壇に立っていたのである。

 最初、心理学だったこのコマは、シラバス(授業計画要綱)の関係で名前が容易に変えられず、しかし必修のため、恋愛か心理学のどちらかをデザイン領域文芸・ライティングコースの学生に教える必要があり、恋愛の短歌を多く詠んできた私が推薦された。

 もちろん取り上げるのは、恋愛の短歌、そしてお恥ずかしながら赤裸々にここで描いてきた私生活のエッセーである。活発な3年生とは聞いていたが予想以上。学生から私が考えたこともない解釈や着眼点が溢(あふ)れ、15ほど年下の学生を見ていると、私はなんとも頼りない大学生だったなと反省することも多く、教えにいきつつ教わりにいっているという日々だった。

(撮影・三品鐘)

 しかし問題なのはこの、恋愛というキーワード。気をつけないと批評自体がセクハラにもアカハラにもなってしまう。恋愛の相手を異性同士と固定するのも古い価値観だ。そのため学生から提出された短歌を使った相互批評、いわゆる歌会では、作者の境遇にできるだけ踏み込まず、比喩やリズム、音感や語調など、終始技術的なことのみを批評の俎上(そじょう)にのせた。

 楽しかったけど、これでよかっただろうか。

 そんな最終授業の終わり、ひとりの学生が小走りにこちらにやってきた。聞くと短歌の技巧の楽しさに目覚め、本格的に短歌の勉強をしたいから方法を教えて欲しいという。また期末課題のメールの末尾には「これからコースの皆で歌会を開こうと話しています」と書いてくれた学生までいた。二人とも、どちらかというと穏やかに静かに授業を聞いていた生徒で、この子に響いているだろうかと不安に思っていた学生だった。

 人の熱い言葉は誰に響くかわからない。人の心は何に熱くなるかわからない。そう思うと、確かに私はシラバス通り、ラブを教えにいっていた女教師だったのだ。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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