過日、自分の誕生日に恋人と名古屋駅近くのオーベルジュ・ド・リルという店のフレンチコースに行った。フレンチ、というと敷居が高くてずっと別世界だと思っていたのだが、せっかく30代半ばの誕生日、そろそろコース料理を挑戦してみたかったのだ。

 大きな白いお皿に乗せられた綺麗(きれい)な料理にぴっと背筋が伸びる。でも一番感動したのは、実は美味(おい)しさよりもそこで働いている人たちの対応だ。丁寧に料理の説明をしてくれ、慣れない客の失礼に当たらないよう注意を働かせながらカトラリーの使い方を教えてくれる。蒸し暑くなってジャケットを脱ぐと、すぐクロークに引き取ってくれる。また、恋人が席を立つと、ドリンクを持って現れたウェーターは引き返した。二人同時に乾杯できないと、素敵な時間が過ごせないとウェーターは判断したのだろう。その気遣いに、私たちは尊重されているのだと胸が熱くなる。

(撮影・三品鐘)

 尊重される、それによって自分の存在に自信がつく、というのは鉄板の法則だと思う。汚い薄暗い店内でぞんざいに料理を出され続けると、自分はその程度の人間だと擦り込まれてしまうだろう。そんなことに気付いてからは、個人的にコンビニやファストフードをあまり利用しなくなった。うんと安いけれどスピード重視、こちらに気遣いのない店に通うことが、自分の人生までベルトコンベヤーに載せられたような、わびしい気持ちを増長させていると気付いたのだ。

 尊重されていることを実感するのは人生の価値をぐっとあげてくれる。以前は、知人のぞんざいな対応や、憎まれ口、際どい冗談も、親しさの証(あかし)だと思っていた。しかしそうして語られる私は、確かに彼らにとって親しみやすいけれど、どこか安く軽く見られている気がして自信を失いがちだったのだ。そうした交流から去ってからは、私は少しずつ自信を取り戻すようになった。ざっくばらんな関係は確かに楽しい。しかしその中にも互いを尊重する気持ちがなければ、きっと関係は貧しくなってしまうだろう。

 帰り道、恋人の車に乗って家路に着く。かけているエアコン寒くない? と恋人はたずね、私はありがとう、よかったら止めてくれない? と答える。尊重の積み重ね。それがお互いの価値をあげるのだ。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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