奥村歩著「脳のゴミを洗い流す『熟睡習慣』」(すばる舎)より引用

脳神経外科医 奥村歩氏

 今回は「熟睡習慣」のために重要なことを、脳の神経伝達物質の視点から考えます。

 睡眠の鍵を握っているのは、オレキシンを中心とした神経伝達物質です。覚醒か、睡眠か、は神経伝達物質のバランスによって決定されています。

 オレキシンとは、覚醒に関して中心的な役割を担う神経伝達物質です。図は熟睡習慣に関係した神経伝達物質を、オレキシンを中心に示したもので、これを見ながら理解してください。矢印は活性化する働き、点線は抑制に働くことを表しています。

 オレキシンが働くと覚醒せよ! という指令が出ます。例えば、クマが目の前に現れた時。その驚愕(きょうがく)や恐怖=「情動」=が、オレキシンを活性化し、逃げるか、闘うか、と覚醒度が上がります。他に、空腹もオレキシンを活性化します=「グレリン」=。「寝ている場合じゃないよ。餌を探せ!」と。つまり人類生存には、危険や飢餓を回避すべく、覚醒レベルを上げるため、オレキシンは働いてきたのです。

 ところが令和の世は、猛獣よりも怖いものがあふれる「不安な時代」。物価高や円安など経済的な不安。新型コロナウイルスや認知症など健康の心配。災害や戦争が絶えない世界。昨今のデジタル社会が、日本人のオレキシンを慢性的に刺激して、睡眠負債を引き起こしているのです。

 オレキシンに対抗して、「メラトニン」は、覚醒度を低下させます。メラトニンは、光によって調節され、覚醒と睡眠を切り替えます。暗い夜にはメラトニンが分泌され、オレキシンは抑制され睡眠モードになります。ぐっすり眠るためには、生理的な体内時計のリズムに合わせた明暗が大切です。朝は日光を浴び、夜はスマホの光を避けることが、熟睡習慣には重要です。

 同じく神経伝達物質の「GABA」もオレキシンに拮抗(きっこう)して、睡眠へと導く作用があります。最近は、GABA含有をうたった食品などがちまたにあふれています。GABAは、特殊な商品ではなく、トマトやパプリカなどの野菜、ブドウやバナナなど果物、カカオ、ぬか漬けやヨーグルトなど発酵食品にも含まれています。

 オレキシンは、覚醒系の「ドーパミン」「ノルアドレナリン」「セロトニン」などを刺激します。しかし、ここで注目すべきは、これらの覚醒系物質は、満たされるとオレキシンに対して「負のフィードバック」が働き、逆に、オレキシンを抑制してくれます。

 そのため、夜の「ぐっすり寝」には、昼間、五感を研ぎ澄まし、人のために、積極的に身体を動かし、満足感を得ることが大切です。昼間、覚醒系の神経伝達物質を十分に活性しておくことが、夜間のオレキシンを抑えることになるのです。