道具を作る鍛冶職人の減少などを報告した木工関係者との車座集会=2023年3月、高山市大新町の日下部民藝館

 岐阜が誇る伝統技術の継承に危機が訪れている。現場の調査と支援を行う一般社団法人「技の環(ぎのわ)」の取り組みについて、代表理事の久津輪雅さんが報告する。

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 「ここ数年、新入生のノミが4月に手に入らないんです」。高山市の木工教育機関の教員が嘆く。原因は、県外の鍛冶職人が減ってしまったこと。道具が入手できないということは、新しい人を育てられず、技術が途絶えることを意味する。いま最も危機感を覚えることの一つだ。私は岐阜県立森林文化アカデミーで教員を務める傍ら、15年ほど前から県内の文化財や伝統工芸を支える仕事に携わってきた。

 岐阜県は「匠(たくみ)の国」だと思う。東濃地域には土、岐阜・中濃地域には紙や鉄、東濃地域や飛騨地域には木の工芸を有する。木工の中でも、家具、桶樽(おけだる)、曲物(まげもの)、挽物(ひきもの)、漆器と、さまざまな技術がそろう。自然は海抜ゼロメートルから3千メートルを超える多様性があり、目的にかなった素材が得られる。飛騨の匠は1300年も前から都の造営に携わり、その技が現代に受け継がれている。これからも日本の重要な文化財や工芸を技術で支えていくのは岐阜県の役割だと感じている。

 しかし、その誇るべき技術が危機に瀕(ひん)している。

 まず、後継者を育てる仕組みがない。かつて伝統的な技術は親から子へ、あるいは徒弟制度によって伝えられてきた。戦後、主要な産業にはいわゆる職業訓練校ができたが、たとえば家具製作の学校はあっても桶樽や曲げわっぱの学校はなく、後継者育成は現場に任されてきた。いま需要の減少とともに廃業が後を絶たない。

 公的機関の支援も受けにくい。地方自治体では工芸品は商工課、文化財は文化課、原材料のことは林政課が受け持つが、縦割りで課題が共有されにくい。担当者は数年で変わってしまう。

 さらに県内だけで解決できない課題もある。冒頭のノミや鉋(かんな)のように、木工道具は県外で作られているものがほとんどで、県外の鍛冶職人を支えなければ岐阜県の木工職人は共倒れになる。

 これらの課題について県と協議を重ねる中で、「人・原材料・道具の三つの課題にワンストップで対応し、さまざまな関係者をつないで解決に取り組む中間支援組織が必要だ」と訴えてきた。そして今年2月に「一般社団法人 技の環」を発足させた。スタッフは代表理事の私を含め美濃地域に2人、飛騨地域に2人。一方、県にも本年度から「伝統技術支援監」のポストが新設され、技の環と県が連携して伝統技術の現場の課題に取り組む仕組みができた。この連載を通じて、伝統の技が支えられ、環が広がる様子を伝えられればと思っている。

(久津輪雅、技の環代表理事・森林文化アカデミー教授)


 

 くつわ・まさし 1967年生まれ。岐阜県立森林文化アカデミー教授、技の環代表理事。NHKディレクターとしてクローズアップ現代などを担当。高山市で木工修業後、イギリスで家具職人を経て現職。著書に「ゴッホの椅子」「グリーンウッドワーク」など。