脳神経外科医 奥村歩氏

 皆さん、前頭側頭型認知症についてご存じでしょうか。

 Hさん(75歳男性)は家族に連れられて「もの忘れ外来」を訪れました。娘さんによると、Hさんは「耳が遠く」なり「もの忘れが目立つ」ようになりました。近医で認知症の薬を処方されてから、かえって怒りっぽくなってしまったようです。

 私はいつもの診察スタイルで、まずは世間話をしました。Hさんは聞き返しが多く、私の話が聞き取りにくそうです。次に機械音による聴力検査をしました。かなり小さな音も拾うことができました。耳鼻科的な難聴ではなさそうです。次に、物品の呼称テストをしました。鉛筆や花、手など、ありふれた言葉はスムーズに返答できました。しかし、薬指やホチキスという低頻度語(日常会話であまり用いられない言葉)が返せません。Hさんは「分からない」と眉をひそめます。

 続いて漢字を読んでもらいました。「海老(えび)」を「カイロウ」と、土産を「ドサン」と読みました。ここまでの診察で、Hさんには物品や言葉の意味を理解することが苦手になった症候(意味性失語症)があると判断しました。MRI(磁気共鳴画像装置)検査では、前頭側頭葉の前方の左側に明らかな萎縮を認め、「前頭側頭型認知症」と診断しました。

 アルツハイマー型と比較して、その特徴を示したのが表です。この認知症は言語の"司令塔"がある、脳の前方に異常が生じて言語機能が低下します。日常生活で人との会話がかみ合わないシーンが生じます。そのため気持ちも不安定になりがちです。さらに、ドネペジルやメマリーなどアルツハイマー型の薬で、かえって悪化する場合があります。

 認知症の疾患別比率では厚労省の古い統計(2012年)が引用されることが多いです。これでは、アルツハイマー型が67・6%に対して、前頭側頭型はわずか1%とされています。そのため、医師の間でも「認知症といえば、ほとんどがアルツハイマー型で、前頭側頭型は極めてまれ」という誤解が浸透してしまいました。

 しかし認知症専門医の現場では、前頭側頭型は決して珍しい病型ではありません。20年に東京都健康長寿医療センターは、アルツハイマー型が52・6%、次いで前頭側頭型が9・4%であったと発表しています。私の外来でも、前頭側頭型は2番目に多い認知症です。

 今年6月、アメリカでアデュカヌマブという新薬が認可されました。四半世紀にわたって認知症の新薬が出てこなかった中での朗報です。しかし、この薬剤はあくまでもアルツハイマー型に特化した薬です。今後ますます、正確な鑑別診断が重要になってきます。

 前頭側頭型認知症の対応は、患者さんの日常会話が困難になっている状態を理解することから、その第一歩が始まります。人の話がふに落ちなくなっている患者さんの苦悩に共感してください。簡潔な言葉を選んで話してください。

(羽島郡岐南町下印食、おくむらメモリークリニック理事長)