その日は集合時間の15分も前に会場に着いた。場所は名古屋のライブハウス・納屋橋RUSH。毎週参加している伏見サイファーのライブハウスでのコラボイベントだ。
今まで部活動というものを遠ざけてきた。小学校から中学校までは不登校の時期が長く、部活どころじゃなかったし、高校は通信制、また大学では映画製作サークルに入ったが、短歌の活動と両立するので精一杯で籍だけの幽霊部員だった。そんな私にとって「伏見サイファー」は、初めての本格的な部活動的な活動と言ってもいいかもしれない。毎週のラップ活動、そして今回は初めてバトルがライブハウスでできるということで、当日は起きたらいてもたってもいられず、着替えてご飯を食べて化粧して、その後することがなくなってそわそわしていた。
「野口さん、最近バトルの話ばっかりしてるね」
親しい友人がそう言った。確かにその前の1カ月はバトルでどう勝つかが頭を占めていて、短歌の仕事以外ではそればかり考えていた。友人に年下の男性メンバーに勝つにはどうするのが有利か相談し、気が付くと部屋でもバトルビートを流し、サイファーでは他のメンバーの体の動きや声の出し方を練習する日々。そういえばずっと文化系の部活ばっかりで、勝ち負けのつく活動はしたことがなかったことに気が付く。
イベントは午後2時から午後8時まで。ライブでありながら中学生、高校生にも門戸が開かれた時間帯に開催された。自分よりぐんと若くてスキルフルなラッパーを見るとすごいなあと思う一方、悔しくもなるし、でも彼はあれだけ頑張っているしなあという納得も湧く。この感覚はまさに部活動だろう。
「みんな、ちゃんとバイブス上げてけよ!」
ライブの1カ月前、主宰のハルさんが珍しく参加者に強い口調でいった。主宰をしているとサイファーのいい噂(うわさ)も、よくない噂も両方ダイレクトに届くらしい。その分、イベントに向けて皆をひっぱっていかなければと思ったのだろう。その苦悩は直接はわからないが、これだけお世話になっているとなんとか応えたいと言う気持ちにもなる。そんなわけで炎天下、ラップしまくった1カ月のあとのイベントだった。
バトルは1回戦であえなく惨敗。イベントの後は大人らしく観戦にきてくれた友人とバーで乾杯。世代もカルチャーも違うけれど、情熱が同じなら気持ちは一緒だ。大人の初めての部活動。そう思うと歯痒(がゆ)くもあるが、大人になってからだからこそ、そのありがたみがわかったのかもしれない。さあ、ちゃんとバイブス、上げていくよ。
岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。