暑かった今年の夏、笠松競馬を支えるトレーナーたちに節目の記録が相次いだ。
岐阜県調騎会会長を務める後藤正義調教師(45)が地方競馬「通算1000勝」を達成。ベテランの川嶋弘吉調教師(79)は「通算2500勝」をクリアし、新人調教師は初勝利を飾った。
後藤正義調教師といえば、2005年4月、笠松競馬場に里帰りしたオグリキャップの手綱を引いて、名馬をお披露目した厩務員さんとしても知られている。
オグリキャップは笠松競馬存続、復興の「救世主」として、自らの冠レース・オグリキャップ記念開催に合わせて北海道の牧場(優駿スタリオンステーション)から来場した。馬運車での送迎には正義さんも同乗した。
1991年1月の引退式以来、14年ぶりに笠松競馬場入りしたオグリキャップ。里帰りセレモニーでは当時厩務員だった正義さんらと装鞍所からゴール前へと、全国から駆け付けた大観衆の前をゆっくりと進み、雄姿を披露した。オグリキャップの手綱をしっかりと握りしめた正義さんは「自分も強い馬を育てれば、笠松は生まれ変わるはず」と確信した。
■笠松競馬復興の救世主として古巣に恩返し
この日の入場者数は7751人で、大勢のファンが熱視線を送る中、オグリキャップはかつて7連勝を飾ったアンカツさんともゴール前で再会した。「よくぞ、笠松に戻ってきてくれた」。競馬場関係者やファンの大きな拍手と歓声が湧き起こり、観客動員に貢献するとともに笠松競馬の魅力を全国にアピールした。
有馬記念を2度制覇するなど「日本一の競走馬」へと駆け上がり、引退後も永遠のヒーローとして人気は高く、デビューから育ててくれた古巣に恩返し。救世主としての使命を力強く果たしてくれた。
■夜明けとともに馬運車へ、明るい希望の光
円城寺の専用厩舎で15日間(4月25日~5月9日)寝起きし、別れの朝を迎えたオグリキャップ。正義厩務員に体を拭いてもらい、競馬場関係者やファンが見送る中、馬運車に乗り込んだ。その場に立ち会うことができたが、復興の救世主としての使命を期待通りに果たし、夜明けとともに去っていく姿は、映画のワンシーンのようで最高に格好良かった。
この頃の笠松競馬は「1年間の試験的存続」という綱渡りの経営状況にあった。オグリキャップの里帰りは「育ててくれた聖地・笠松競馬場の灯を消さないで」とオグリ自らが全国にアピールしたかのようで、明るい希望の光が差し込んだ。
見送った広江正明笠松町長(県地方競馬組合管理者)は「多くのファンを呼んでくれた。もう一度、里帰りの機会があってほしい」と別れを惜しみ、笠松愛馬会の後藤美千代代表も「ありがとう」と感謝した。その後は東京競馬場のパドックで雄姿を見せたことはあったが、笠松競馬場の地を踏むことはなく、2010年7月3日、オグリキャップは天国へと旅立った。
■笠松競馬を長年支えてきた名門ファミリー
正義さんの父は笠松競馬の名伯楽・後藤保さんで、騎手から調教師に転身後、東海ダービーなど通算1741勝を挙げた。弟も調教師の後藤佑耶さんで、笠松競馬を長年支えてきた名門ファミリーである。
21世紀初頭、正義さんは経営難による笠松競馬の存続問題浮上とともに厩舎をサポート。22歳の時、父親の競馬への情熱に憧れて、鉄工所勤務の会社員から厩務員に転身。調教などのノウハウを学び、29歳で調教師免許を取得し、厩舎を開業した。
生まれてから馬たちに囲まれた環境で育った。「一頭一頭、性格が違うから長所を引き出せるよう、馬と一緒に成長したい」と2009年4月、管理馬をレースに送り出し、デビュー3戦目にアグネスイカロスで初勝利を飾った。この実力馬で5連勝を飾り、JRAへ復帰させることができた。2015年に亡くなった父が管理していた愛馬や厩舎スタッフらを引き継ぐ形で厩舎を運営してきた。
17年2月にはメガホワイティで地方通算500勝を達成。重賞勝利はセレニティフレア(ゴールドジュニア)、ドミニク(名古屋・ゴールドウィング賞、クイーンカップ)、スタンレー(中京ペガスターカップ)。
■「1000勝感慨深い。目標は次の1勝」
デビューから15年、正義調教師の通算1000勝達成は7月4日の8R。所属の東川慎騎手が5番人気のヒナアラレ(牝5歳)に騎乗し、逃げ切った。
大台達成の記念セレモニーで後藤正義調教師は「いざ1000勝となると感慨深いものがあります。多くの方々に支えられてここまでやってこられたので、その感謝しかないです」。日々の馬づくりについては「一頭一頭の体調管理に努め、その馬に合った調教をすることです」。数字にはこだわらず、今後の目標は「次の1勝です。これからも笠松競馬のために頑張っていきますので応援をよろしくお願いします」とファンにメッセージを送った。
■一番の思い出の馬は「最初に重賞勝ったセレニティフレア」
「1000勝!後藤正義調教師」のプラカードを持った厩舎所属の東川慎騎手も満面の笑み。「調教の時から乗っていた馬で勝ち、先生が達成できて本当にうれしいです」と喜んだ。2人は記念撮影でファンの声援に応え、後日、1000勝達成記念グッズとして、厩舎所属の藤原幹生騎手のサイン入りトートバッグが笠松ファンにプレゼントされた。
後藤正義調教師に「一番の思い出の馬は」と聞くと「何ですかね、いっぱいいるけど。パッと思い浮かぶのは、やっぱり最初に重賞(2017年・ゴールドジュニア)を勝ったセレニティフレアですね。また頑張ります」と 意欲。これからも父の大きな背中を追って、強い馬づくりに励んでいただきたい。
■笠松へ移籍の川嶋弘吉調教師は2500勝達成
7月31日5Rでは川嶋弘吉調教師が、デルミオクオ-レ(牡3歳)で地方競馬通算2500勝を達成した。自厩舎の向山牧騎手が4番手から差し切った。
川嶋調教師は群馬県の高崎競馬場が廃止になり、2005年4月、森山英雄調教師とともに笠松競馬場へ移籍した。ちょうどオグリキャップが里帰りした頃で、ともにオグリキャップ記念シリーズで新天地デビューを果たした。「競馬を続けられることがうれしい。ここは存続に向けて皆が一丸になって頑張っている。雰囲気もいい」と永続を確信した。重賞制覇は高崎時代の北関東ダービー、笠松・スプリント、白銀争覇など数多い。
笠松では、調教師は500勝ごとに記念セレモニーで活躍がたたえられる。2500勝達成について川嶋調教師は「長く調教師をやっているので、それなりの数字だと思います。群馬から岐阜に移住し、調教から一生懸命頑張り、競馬自体を面白くやらせてもらっています。高齢ですが、できる限り長く続けたい」と、調教師生活49年目のベテランは健在ぶりをアピールした。
管理した思い出の馬は「群馬にいた頃のタイガーロータリー(北関東ダービー制覇)。こっちへ来てからはあまりいないですが、ニホンピロヘンソンだな」と、インを突いてロングスパートを決めた向山騎手の好騎乗で勝った22年・白銀争覇を挙げた。
■森山広大調教師うれしい初勝利
8月1日付で地方競馬の調教師免許を取得し、待ち望んだゴールの瞬間が訪れた。父・森山英雄厩舎の厩務員から転身した森山広大(みつひろ)調教師(32)は8月28日5R、大原浩司騎手騎乗の4番人気・インヴェスターで初勝利を飾った。
鮮やかに逃げ切り、調教師デビュー4戦目でのうれしい勝利となった。元JRA馬のインヴェスターは連勝を4に伸ばして快調。厩舎の管理馬は12頭に増え、これまで35戦7勝。勝率2割と好成績だ。
経営難が続いていた2007年、笠松競馬場には一時「椿」という木曽馬がいた。「ファンサービスのイベントなどに使えるのなら」と競馬組合が引き取り、森山英雄調教師が世話をしていた。レースの合間にファンとのふれあいで、子どもらを乗せて歩いたりした。当時中学生だった森山広大さんも、その「椿」の引き手をしたりして、場内で笠松ファンとの交流を深めた。
競馬一家で育った広大さん。父の英雄調教師はウインハピネスやストームドッグなど重賞馬を管理し、23年12月に地方通算1000勝を達成した。厩務員として笠松競馬で2年間働いた兄・雄大(たけひろ)さんも4年前から北海道で調教師を務めている。
■田口輝彦調教師900勝、加藤幸保調教師は1300勝
田口輝彦調教師(59)は8月15日1R、地方通算900勝に到達。JRAからの移籍馬キタノアベル(牡3歳)に筒井勇介騎手が騎乗し、差し切った。田口調教師はミツアキタービンでオグリキャップ記念やダイオライト記念、ダルマワンサで岐阜金賞、イイネイイネイイネで金沢・MRO金賞を制覇している。
JRA2年目の長男・貫太騎手は、笠松で開催されるJRA交流戦での騎乗も多く、ヤングジョッキーズシリーズでは連勝するなど活躍が際立っている。
加藤幸保調教師(61)は8月29日の5R、筒井勇介騎手騎乗のドラムライムで地方通算1300勝を達成した。イスタナでライデンリーダー記念、ライスエイトで金沢スプリントカップをを制覇している。
荒木道哉調教師(54)は9月にデビューしたばかり。管理馬3頭で、初戦は2着だった。10戦してまだ勝利はないが、地道な努力で管理馬を増やして「まず1勝」が期待されている。
■強い馬づくりで「地方競馬の聖地」復活へ
相次いで節目となる勝利を飾った笠松競馬のトレーナーたち。経験豊かなベテランが多いが、新人も仲間入り。地元ファンの多くがラブミーチャンのような「全国区で戦えるような新たなスターホース」の登場を待ち望んでいる。現状、実現は非常に難しいが、究極の夢はレジェンドハンターが半馬身差まで最接近した「JRAの芝GⅠ挑戦、地方馬初V」でもある。
笠松からは、いつかオグリキャップのような「突然変異」の大物が出現すると信じられている。半減していた騎手は14人に、調教師の数は16人に増えた。日夜、管理馬の世話に心血を注ぐ厩務員の力も大きく、厩舎スタッフ一丸となって強い馬づくりに励んでいる。
笠松競馬は一連の不祥事で8カ月間もレースが中止となり、2021年9月に再開された。後藤正義調騎会会長は「名馬、名手の里に恥じないよう、笠松競馬をつぶさないようにとの思いでずっとやってきた。二度と不祥事を起こしてはならない。馬づくりに励み、再発防止に努めていきたい」と笠松競馬場の浄化・再生を誓った。
あれから3年余り。「公正競馬の確保」を徹底した笠松競馬の浄化度は100%となり、クリーンな競馬場として全国のファンの注目を浴びている。オグリキャップを育て上げた「地方競馬の聖地」復活へ着実に歩み始めた。
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「1聖地編」に続く「2新風編」ではウマ娘ファンの熱狂ぶり、渡辺竜也騎手のヤングジョッキーズ・ファイナル進出、吹き荒れたライデン旋風など各時代の「新しい風」を追って、笠松競馬の歴史と魅力に迫った。オグリキャップの天皇賞・秋観戦記(1989年)などオグリ関連も満載。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、206ページ、1500円。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー、酒の浪漫亭、小栗孝一商店、愛馬会軽トラ市、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。
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