高知県の鍛冶屋創生塾で焼き入れ作業をする原田雄登さん(右)
高知県で作ってきた包丁を見せる原田さん

 「もっと早く!」。10月下旬、高知県の鍛冶屋創生塾で研修生たちが刃物の焼き入れをする中に、カイインダストリーズ(関市)の若手社員の姿があった。製造本部で働く入社3年目の原田雄登さん(25)。鍛冶技術を学ぶため、会社から2週間派遣されている。鍛冶屋創生塾は土佐打(とさうち)刃物の後継者育成のために組合が設立した学校で、高知県内で就職・起業を希望する者しか受け入れない。原田さんの研修は、本人と多くの関係者の思いが重なり、特別に実現したのだ。

 実は原田さんは、自分が何を目指していくべきか悩んでいた。ものづくりが好きで刃物メーカーに就職したものの、希望する商品開発の部署にはつけず、事務作業も多い。自分の手で刃物を作りたいという思いが日ごとに強まっていた。しかし関市には学べる場所がない。関は刃物の町というが工業製品を作るメーカーと日本刀を作る刀鍛冶に二極化していて、鉄を叩(たた)いて包丁や小刀などの道具を作る鍛冶職人はおらず、研修施設もないのだ。

 ちょうど原田さんが悩んでいる頃、親会社の貝印株式会社では、鍛造による製品開発の検討を始めていた。金属板を切り抜いて量産する包丁が主力製品だが、鍛造の包丁にも根強い人気があるため、県外から仕入れているのが現状だ。そこで私たち技の環に対し、「鍛冶屋創生塾に研修生受け入れを打診してほしい」という依頼があった。

 高知県は岐阜県とは逆に工業的な刃物づくりではなく、鍛冶職人が鉈(なた)、鎌、包丁などを叩いて作る鍛造技術が売りだ。これまで親から子へ伝えてきたが、後継者が不足し始めたため学校を立ち上げ、国・県・市の補助金で運営している。そんな学校へ岐阜県のメーカー社員を受け入れてほしいと頼むのだから、相手にもメリットがなければならない。技の環としては、刃物産地同士でネットワークを作り人材交流や課題解決を行うことを提案して、受け入れていただいた。そこで会社から研修生に選ばれたのが原田さんだったのだ。

 当初は鎌づくりの工程を見学するだけという条件だったが、高知県側は最善を尽くしてくれ、貝印が求める包丁づくりの体験まで実施してくれた。素直でやる気があるため現地でかわいがられ、私が視察した時には「この子を土佐に置いていけよ」と笑うベテラン職人もいたほどだ。2週間の研修を終え、製造した包丁を携えて私のもとに報告に来た原田さんの顔は充実感に満ちていて、来年春からは高知県の別の鍛冶屋でさらに2年間研修を受ける話も社内で進んでいるそうだ。

 今後の彼の努力に期待したい。私たち技の環は、この取り組みが関市、岐阜県、そして高知県や全国の刃物産地にも有益となるよう支援したいと考えている。

(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)

 【相談受け付け】 技の環では、岐阜県の伝統技術を支え、次の世代につなぐため、後継者の育成、原材料や道具の確保などの相談を受け付けている。「技の環 相談」で検索して入力フォームに記入すると、スタッフが相談者に連絡を取り、調査や課題解決の支援などを行う。