参院選は20日の投開票に向け、物価高対策やここへ来て急浮上の外国人政策などを巡る論戦が続く。ただ選挙区選挙で議員1人当たりの有権者数の差、いわゆる「1票の格差」は最多の東京都(1162万498人)と最少の福井県(31万481人)の間で3・13倍にも上り、2022年参院選の3・03倍より拡大した。そもそも公平な選挙なのか。日米両国の「1票の格差」訴訟の歴史をたどりながら考えてみよう。
▽「1票の格差」、司法審査の対象に
まず米国。イリノイ州の有権者が州内の連邦下院議員の選挙区(現1〜17区)で人口の不均衡があり、投票の平等を欠いて憲法などに反するとして提訴した。日本で言う「1票の格差」訴訟の先駆けだ。
ところが、連邦最高裁は1946年の判決で、三権分立の観点から連邦議会・州議会議員選挙の区割りや議席配分は立法領域の「政治的問題」であり、司法審査になじまないとの判断を下す。多数意見のフランクファータ裁判官は「裁判所は、この政治的な茂みに立ち入るべきでない」と述べた。米国では、裁判の事件名は原告、被告の名前で歴史に刻まれ、この事件はコールグロブ対グリーン事件と呼ばれている。
また1788年に成立した米国憲法は議会、大統領、司法権、連邦制などについて順に定め、1791年の第1から1992年の第27までの修正によって当初の条項を改正したり、人権や選挙権、大統領任期などに関する新たな条項を加えたりしてきた。
1868年の第14修正で追加されたのは「合衆国内で生まれまたは合衆国に帰化し、かつ、合衆国の管轄に服する者は、合衆国の市民であり、かつ、その居住する州の市民である…いかなる州も、その管轄内にある者に対し法の平等な保護を否定してはならない」という条項。前段は市民権を保障し、後段は「平等保護条項」と言う。1票の格差は平等保護条項に反するとして繰り返し提訴された。
コールグロブ対グリーン事件から16年。連邦最高裁は1962年に同事件の判決を変更し、政治的問題の茂みに立ち入っていく。テネシー州の有権者が州議会選挙の1票の格差是正を求めて提訴した事件で、農村部の1票は都市部の25倍に達していた。連邦最高裁は「平等保護条項による救済を受ける権利は、差別が参政権に関するものであるという事実によっては減少させられることはない」などとして、投票価値の問題は司法審査の対象になると断じた。しかし、このベイカー対カー事件の判決では、どの程度の格差であれば違憲・違法となるのかについて判断は示されなかった。
▽住む場所が街でも農場でも有権者、「1人1票」確立へ
連邦最高裁が格差の違憲・違法に踏み込んだのは1964年、レイノルズ対シムズ事件の判決だった。アラバマ州議会の議員選挙では、最大で上院41倍、下院16倍の1票の格差があり、提訴した有権者は第14修正に反し「自由で平等な選挙による平等な選挙権」が否定されていると主張した。連邦最高裁は、違憲と認定して制度を修正した上で選挙を実施するよう命じた下級審の判決を支持した。多数意見のウォーレン主席裁判官は次のように述べる。
「立法者(議員)は人々を代表するのであって、木を代表するのでも土地を代表するのでもない。立法者は、有権者により選ばれるのであって、畑や街や経済的利益によって選ばれるのではない…立法者を自由かつ制約を受けずに選ぶ権利は、われわれの政治制度の基盤である…たまたまどこに住んでいるかという理由だけで市民の票の価値に差をつけるのは、それがいかなる方法であっても、正当化できるとは思われない…有権者は、彼が街に住んでいようと農場に住んでいようと市民であり、有権者であることに変わりはない。これは、合衆国憲法の平等保護原則が明白かつ強力に命じているところである。このことが人ではなく『法の支配』という概念の本質をなすものである…平等保護条項は、州が実現可能な限り平等な人口の選挙区を設定する誠実で真摯(しんし)な努力を行うことを義務付けている」
このレイノルズ対シムズ事件の連邦最高裁判決は、米国で「1人1票(one person one vote rule)」を確立した判例として名高い。これは州議会議員の選挙に関する判決だが、同じ1964年のウエスベリー対サンダース事件で、連邦最高裁は連邦下院議員選挙の議員定数と区割りも「1人1票」とした。その後も判決が積み上げられ、連邦下院議員の選挙区間では、1%にも満たない3674人の差も違憲とされている。選挙区の議員定数と区割りは「1人1票」を可能な限り実現するため、厳格に行われている。なお連邦上院議員は、米国憲法第1条第3節で「各州から2人ずつ選出」と定められているので、平等保護条項の対象外とされている。
▽日本の衆院選、最大4・99倍は違憲
一方の日本。1962年7月3日、当時29歳の越山康さんは司法試験合格後の司法修習で、東京地裁の服部高顕判事(後の最高裁長官)からベイカー対カー事件の判決を伝えるニューズウィーク誌を見せられ「(2日前の)参院選の結果と照らし合わせてどう思うかね」と感想を尋ねられた。満足に答えられなかったが、参院選選挙区の最大4・09倍に上る1票の格差には疑問を感じた。日本国憲法は第14条で「全て国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的また社会的関係において、差別されない」と平等保護条項と同趣旨の「平等原則」を定めているので、東京都選挙区の有権者として、同条違反を理由に選挙無効を求める訴訟を東京高裁に起こした(選挙無効訴訟の一審は高裁)。
訴訟は東京高裁で敗訴し、上告したものの、最高裁は1964年2月の判決で、日本国憲法第43条と第47条により、両院の議員定数や選挙区などは法律で定めるとされているので「選挙に関する事項の決定は原則として国会の裁量的権限に任せている」として合憲との判断を示した。米連邦最高裁の「裁判所は、この政治的な茂みに立ち入るべきでない」のような判決だった。この約4カ月後には、米国で「1人1票」を確立するレイノルズ対シムズ事件の判決があり、弁護士となっていた越山さんは最高裁の判例変更を目指して、何度でも訴訟を続ける決意をしたという。
日本も米国と同じように、農村部から都市部への人口移動が進み、1票の格差は広がっていく。1票の価値に最大4・99倍の差が生じた1972年の衆院選(一つの選挙区で原則3〜5人当選する中選挙区制)を巡り、越山さんたちが起こした訴訟の1976年4月の判決で、ようやく最高裁が動いた。
まず(1)投票価値の不平等が合理的とは到底考えられない程度に達したときは、国会の裁量が限界を超え「違憲状態」と言うべきである(2)国会がその状態を合理的期間内に是正しなかったときには、議員定数の配分を定めた公選法を違憲と断じる(3)選挙無効を認めると議員が不在となり、違憲の公選法改正もできないなどの事情を考慮し、選挙は無効としない―という判断の枠組みを初めて示す。それを1972年の衆院選に当てはめると、最大4・99倍は違憲状態であり、公選法は5年ごとの国勢調査で更正するとしているのに、8年余りも改正されないなど、合理的期間内の是正もなかったとして、違憲と認めた。選挙無効の請求は退けたが、判決の主文で「選挙は違法」と宣言した。
▽参院選「1人0・3票」でいいのか
その後の最高裁判決では、衆院選は最大格差4・40倍の1983年選挙が再び違憲、3・94倍の1980年と3・18倍の1990年は違憲状態とされた。参院選は6・59倍の1992年選挙が違憲状態とされ、衆院選3倍、参院選6倍がボーダーと言われた。非自民8党連立による政権交代を経て、1996年の衆院選から現行の小選挙区比例代表並立制に変わり、参院選も再三の定数是正で、それぞれ格差が縮まったことから、合憲判決が相次いだ。
越山さんは2009年11月、76歳で亡くなった。薫陶を受けた弁護士の山口邦明さんたちが1票の格差訴訟を引き継ぎ、同年からは知的財産訴訟を数多く手がけてきた弁護士の升永英俊さんらのグループが米国と同じ「1人1票」の実現を求めて提訴を始めた。
最高裁は最大格差が2・13〜2・43倍の2009〜14年の衆院選3回を違憲状態とし、各都道府県にあらかじめ定数1を配分する「1人別枠方式」の廃止を求めた。参院選も2010年の5・00倍と2013年の4・77倍を違憲状態とし、都道府県単位の選挙区見直しを提案した。こうした最高裁の積極的な姿勢の背景には、09年の政権交代や最高裁判事の人選、升永さんたちが全国の高裁に提訴して判決内容を競わせたことなどが影響したとみられる。
2010年代後半以降は、衆院選が2倍前後で、鳥取、島根両県と徳島、高知両県の選挙区をそれぞれ合区した参院選は3倍前後でそれぞれ推移し、最高裁は合憲判断を続けている。しかし、日本国憲法には平等原則と第43条の「両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する」という規定があるのに、最高裁が衆院選の「1人0・5票」と参院選の「1人0・3票」を放置しているのは、「法の支配」を説いたウォーレンや、かつての積極的な姿勢と雲泥の差がある。安倍晋三、菅義偉、岸田文雄各内閣による最高裁判事の人選は、企業法務専門の弁護士を相次いで任命するなど、それ以前と明らかに異なり「憲法の番人」と名乗るのもおこがましかろう。
とりわけ参院選はより公平ではない。公明党が提案しているように、全国を衆院の比例選と同じ11ブロックに分けてそれぞれ一定数が当選する選挙制度で「1人1票」を実現するのはどうだろう。
あるいは、参院は米国の上院に相当するので、日本国憲法を米国憲法のように改正し、参院議員は各都道府県2人と定めてしまえば、平等原則に規律されない。ただし、そのときは参院議員が「全国民を代表する選挙された議員」ではなくなるので、衆院との役割の違いを明確にする憲法改正も必要となろう。(共同通信編集委員兼論説委員・竹田昌弘、情報源は高橋和之氏編『新版 世界憲法集』、日本最高裁の各判決書、別冊Jurist「アメリカ法判例百選」、丸田隆氏著『アメリカ憲法の考え方』、共同通信配信記事)