遺影を掲示する又吉郁枝さん=19日午後、那覇市の対馬丸記念館

 太平洋戦争後期に沖縄県を出た疎開船「対馬丸」が米軍に撃沈され、学童ら1500人近くが死亡した事件から22日で81年となるのを前に、事件を後世に伝える那覇市の対馬丸記念館は19日、館内で掲示する遺影に新たに3〜29歳の5人分を追加した。計417人分となった。

 同県沖縄市の又吉啓次郎さん(77)は家族と同館を訪れ、父の前妻とその子ども3人、計4人分の遺影を壁に掲げた。父が生前に事件の慰霊碑「小桜の塔」を毎年参拝していたといい「写真を預かってもらえれば父も安心するだろう」と語った。

 対馬丸は1944年8月22日、長崎県へ向かう途中、鹿児島県の悪石島沖で米潜水艦の攻撃を受け沈没した。