乳腺外科医 長尾育子氏

 今日は乳腺炎のお話です。乳腺炎とは乳腺に炎症を起こし、乳房が赤く腫れたり痛みを感じたりする病気です。いろいろな乳腺炎がありますが、授乳に関係ある乳腺炎と、授乳期に関係ない乳腺炎に分けてお話しします。

 まず、授乳に関係ある乳腺炎です。授乳期に発症する乳腺炎の代表は、乳汁うっ滞性乳腺炎で、母乳が乳管の中にたまって炎症を起こすことが原因です。母乳の通り道である乳管が狭い、赤ちゃんの吸い付く力が弱いなどの原因で、授乳を始めた時期に多く見られます。

 症状は、乳房の強い痛みとしこりで、赤ちゃんに頑張ってお乳を飲んでもらうか、おっぱいマッサージなどでたまった母乳を体外に出せば治ります。母乳がうっ滞している状態が継続し、そこに細菌感染を起こすと、急性化膿(かのう)性乳腺炎の状態となり、乳房の痛みの増強、乳房の発赤、時には39度以上の高熱が出ることもあります。

 治療は抗生剤や鎮痛剤の内服をしながら乳汁のうっ滞を改善するように手当てをしていきますが、乳腺の中に膿瘍(膿(うみ)のプール)ができてしまった場合には、注射針を刺して膿を抜き取ったり、皮膚を切開して膿を出したりする処置が必要となります。授乳期の乳腺炎を予防するためには、マッサージや搾乳を行い、母乳の流出が滞らないようにすることが大切です。

 次に、授乳期に関係ない乳腺炎です。授乳に関係ない乳腺炎の多くは、何らかの原因で乳頭部からばい菌が入ることにより乳腺に炎症を起こした状態です。代表的なのは乳輪下膿瘍と呼ばれ、陥没乳頭(乳頭が引き込まれたような形をしている)がある方によく見られます。通常は乳頭部が少々不潔になっても、すぐに感染することはありませんが、陥没乳頭があると乳頭下の乳管が変形して分泌液がたまった状態になるため、感染が起きやすいと考えられます。症状は乳輪部分を押さえると痛い、皮膚が赤いなどの乳房の炎症症状と、体の発熱が見られることもあります。

 治療は抗生剤、鎮痛剤の投与と、膿瘍ができた場合には、外科的に切開排膿処置を行う必要があります。通常、乳輪下膿瘍に代表される急性乳腺炎は適切な治療を行えば1~2週間で症状は改善します。

 しかし、乳腺炎の中には、治療を行ってもなかなか完治しなかったり、いったん治ったと思っても症状を何度も繰り返したりする場合があり、これを慢性乳腺炎と呼んでいます。慢性乳腺炎は、切開排膿した部分が治らず、数カ月間にわたりじゅくじゅくと液体がにじみ出ることもあるため、患者さんは治療に不信感を抱き、納得できる治療を求めて病院を転々とすることもあります。症状が続く慢性乳腺炎は単純な感染症だけでなく、中には非常に難治性のものがあることを理解していただき、根気強く治療を継続する必要があります。

 最後に、授乳に関係ない乳腺炎を起こした場合には、乳房内に感染を起こしやすくする原因、例えば乳がんが潜んでいないかなどについて、乳房検査で確認することも大切です。

(県総合医療センター乳腺外科部長)