放射線治療医 田中修氏

 例年5月11日は、全国的に有名な長良川の鵜飼開きの日です。日本で唯一となる皇室御用達の鵜飼であり、長良川の鵜匠は、宮内庁式部職鵜匠という宮内庁の職員となっています。きょうは、いにしえの日本の伝統をしのびつつ、現代から未来に目を向けて、重粒子線治療(陽子線治療)について話したいと思います。

 陽子線は「放射線」と呼ばれるものの一種です。1946年にロバート・ウィルソン博士の研究によって、エックス線より陽子線の方が、正常組織にダメージを与えずにがんを殺傷する性質を持っていることが分かりました。そこから陽子線の医学利用の研究が始まり、米カリフォルニア大学で、陽子線による脳下垂体腫瘍の治療がスタートしました。日本では83年に、筑波大学で肝臓がん、食道がん、肺がんなどを対象に陽子線治療が始まりました。

 そして現代に至っては陽子線の特徴(体に与える影響や被ばくの影響)がかなり明らかにされてきています。現在、日本には粒子線がん治療施設が25カ所(重粒子線6カ所、陽子線18カ所、重粒子と陽子線の両方1カ所)あります。表にあるように保険適用の疾患も増えてきており、近い将来身近な治療法になると考えます。

 それでは、陽子線治療に向いているがんはどのようなものがあるのでしょうか。

 全てのがんが陽子線で治療できるわけではありません。これまでの臨床試験の結果により、がんができた臓器によって陽子線には得意・不得意があることが分かっています。

 現在、陽子線治療に向いていると考えられるがんは、表に示したようながんですが、逆に陽子線治療で治療できない代表的ながんには、胃や大腸など消化管のがんがあります。胃腸の粘膜は放射線により潰瘍ができやすく、一般に放射線治療(陽子線治療)の対象となりにくいです。

 がんの大きさの制限もあり、陽子線の治療効果は照射した範囲内に限られます。例えば、肝がんでは12センチを超える場合には技術的に治療が難しくなります。病巣(原発巣)から他の臓器(肺、肝臓、骨、脳など)に複数転移している場合は、陽子線では完治させることが困難です。

 図は、脳の陽子線治療、放射線治療を撮影したCT画像を加工したものです。

 色の濃い部分が放射線がたくさん当たっている領域であり、薄くなるにつれて放射線が当たっている量が少なくなります。陽子線治療の方が放射線が当たっている範囲が狭く、正常組織への線量が軽減されています。つまり副作用が少ない治療といえます。

 医療保険適用の場合は、陽子線治療の医療費についても通常の医療費と同様、自己負担割合に応じて1~3割の自己負担で治療が可能です(ただし、治療や検査内容などによって総費用は異なります)。

 今後、陽子線治療施設は増えていくと思われます。これまで放射線治療は科学の進歩とともに進化してきました。今後も放射線治療はがん治療の一つの柱として大事な役割を担っていきます。

(朝日大学病院放射線治療科准教授)