経カテーテル生体弁(エドワーズライフサイエンス社提供)

循環器内科医 上野勝己氏

 心臓は、全身に血液を送り込むポンプです。1日10万回、文句も言わず休みなく動き続けます。全身から心臓に戻ってきた血液は、まず右心房に入り、それから右心室を通り肺で酸素を受け取り、左心房、左心室を通って再び全身に送り出されます。血液は、心臓の四つの部屋を一方通行で前へ前へと進みますが、この流れを効率よくコントロールしているのが心臓弁です。

 高齢化社会に伴い、近年増えているのが、左心室の出口にある大動脈弁が硬く石灰化して狭くなってしまう大動脈弁狭窄(きょうさく)症という病気です。心臓からの血液の出口が狭くなっているので体中に十分に血液が行き渡らなくなります。そのため患者は身体を動かしたときの息切れや動悸(どうき)、疲れやすさを訴えます。胸の痛みや失神の症状を訴える患者もいます。心エコー検査で診断できますが、聴診器で特徴的な音がするため、症状が出る前に見つかることもあります。

 重症になると、胸を外科的に切開して、人工弁に付け替える必要があります。しかし大動脈弁狭窄症は高齢者に多く90歳前後の方も増えており、3割から5割の患者は手術には耐えられないのですが、これまで手術以外に有効な治療法がありませんでした。こういった患者を救うために、太ももの付け根からカテーテルを使って心臓に人工心臓弁(ウシの心のう膜からつくったもの。生体弁)を植え込む方法が開発されました。この方法をTAVI(タビ)といいます。

 当然ながら、超高齢者を対象としたデータはあまり芳しくなく、費用も1千万円近くしたため、治療適応に慎重な意見もあります。しかし日本の多施設研究をみると、平均年齢85歳を対象として、このカテーテル治療の死亡率は2%で若年者に対する開胸手術と同等でした。さらに1年生存率90%、2年生存率83・4%と良好な成績が示されました。

 さらに、開胸手術ができないハイリスク患者ではなく、手術もできる比較的若年の患者(平均年齢73歳)を対象に、このカテーテル治療と通常の開胸手術を比較した研究結果が報告されました。なんと、1年後の全死亡、脳卒中または再入院は、カテーテル治療で8・5%、外科開胸手術で15・1%と明らかにカテーテル治療の方が良好な成績でした。また、治療に伴う脳卒中はカテーテルでは0・6%(開胸手術では2・4%)、重大な出血はカテーテルでは3・6%(開胸手術では24・5%)、腎障害もカテーテルでは1・4%(開胸手術では8・6%)と明らかにカテーテル治療が優越でした。しかも生活の質の改善効果もカテーテル治療は手術よりも明らかに良かったことが示されました。

 またカテーテルで使用する人工弁は90%以上の患者で10年後も劣化せず、この生体弁の耐久性も示されつつあります。また従来では禁忌とされていた透析患者へのTAVIも限定された施設でではありますが始まっています。

 まだ解決すべき問題は残っていますが、今後は大動脈弁狭窄症の治療には年齢に関係なくカテーテル治療TAVIが選ばれるようになるかもしれません。

(松波総合病院心臓疾患センター長、羽島郡笠松町田代)