JRA交流戦でパドック前に整列した騎手たち。中央馬5頭には名古屋の騎手が騎乗した=4月27日

 

 

 

 「ここは本当に笠松競馬場なのか」と感じるレースがある。それは月に1~2回実施されるJRA交流戦で、ライブ観戦に訪れた笠松ファンをがっかりさせる寂しい状況が続いていたのだ。

 このレースでは中央馬が5頭、笠松所属馬が2~4頭出走している。ところが、勝てば賞金も高い中央馬に騎乗しているのは、名古屋の騎手ばかりで、笠松の騎手はほとんど乗っていない。現在はコロナ禍のためJRA騎手は参戦できず、地方の騎手が騎乗している。本来ならコースや馬場状態を熟知した笠松の騎手が、地の利を生かして中央馬にも騎乗すべきだろう。

 笠松の騎手は地元馬には騎乗するが、中央馬には乗れない異常な事態に、笠松競馬場に長年通ってきたファンは「あまりにも寂しすぎる。これでは、笠松のコースを貸しているだけでは。名古屋競馬場でやればいい」と情けない思いだ。騎手不足の中、助っ人でもある名古屋の騎手のサポートには感謝しているが、交流戦のパドックでの整列では笠松の騎手が少なく、複雑な気持ちにもなる。
 
 かつては藤田菜七子騎手やミルコ・デムーロ騎手らも笠松に参戦し、盛り上がったJRA交流のレース。未勝利戦を勝ち上がれない中央馬にとっては、救済策ともいえるレースだ。ここで勝てば、JRAでの1勝としてカウントされ、未勝利を脱出できる。それだけに厩舎サイドの仕上げにも力が入る。一方の笠松所属馬には分の悪い戦いで、交流戦で勝利できる馬は1年に1頭いるかどうかで、3着に入るがやっとの状況である。

パドック前で注目馬の様子をチェックした後、誘導馬に癒やされながらレース開始を待つファンたち

 ■パドック前のファン「笠松の騎手も乗せてほしい」

 騎手らの馬券不正購入などで揺れた笠松競馬。昨年9月のレース再開後は、公正競馬の確保を徹底し、信頼回復に努めているが、JRAネット投票が1開催見送られたり、JRA交流戦が先送りになったりと「不祥事の後遺症」が続いた。コロナ感染のクラスターもあって負い目はあるが、再生を誓ってスタートしたのだから、前向きに取り組んでいくしかない。

 笠松競馬場でのJRA交流戦は昨年12月に再開され、笠松3歳2組とA3組のレースで実施。中央からは、それぞれ3歳未勝利クラスと1勝クラスの馬が出走。熱戦を繰り広げている。

 パドック前の外ラチ沿いやスタンドから、人馬の動きを入念にチェックする常連の笠松ファンたち。「名古屋の騎手だけがJRAの馬に乗るんだったら、笠松の騎手も乗せてほしいね。レースをこのように実施するのなら、わざわざ笠松でやらなくてもいいのでは」とか、「笠松の騎手は中央からも騎乗依頼を受けるように頑張るべきだけど、笠松のファンとしては、JRA交流なんだから、やっぱり中央馬にも笠松の騎手が乗る姿を見たいよ。毎回、名古屋の騎手ばっかりというのは寂しいよね。笠松にいる人間からしたら、こんなに寂しいことはないよ」とオールドファンは嘆き節である。

 ネット投票で馬券を買うファンが大半だが、競馬場に足を運んでくれるファンは、やはり笠松の人馬の活躍をすぐ近くで見たいからだ。「もちろん馬券は買うし、JRA交流をやってくれるのはありがたいが、やっぱりそこには笠松の騎手がいないとね」と地元ファンとして笠松愛にあふれた声。中央の馬に乗れば賞金や手当も高額だし、レース中、控室などでライブ映像を見守っている笠松所属騎手たちは「地元なのに乗れないのか」といった悔しさもあるのでは。

 騎手不足が深刻な笠松だが、重賞勝ちが多い名手の向山牧騎手、藤原幹生騎手をはじめ、新エースの渡辺竜也騎手らがいるのに、騎乗できないのは歯がゆさを感じる。かつての笠松リーディング・佐藤友則元騎手は「交流戦ハンター」とも呼ばれ、中央馬に騎乗してよく勝っていたが…。

 

名古屋・駿蹄賞でイイネイイネイイネに騎乗。2着だった渡辺竜也騎手

 ■渡辺騎手「いずれ乗っていかなきゃ」、個人事業主としての「営業力」が必要

 この問題では、オグリキャップ記念が行われた日、渡辺竜騎手を直撃してみた。前日メインのJRA交流戦「春和特別」でも中央馬が3着まで独占。名古屋の加藤聡一騎手の騎乗馬が逃げ切った。「JRAの馬にはきのうも乗れなかったけど、どう?」と聞くと、渡辺騎手は「あんまりエージェントさん(騎乗依頼仲介者)に連絡してないんですよね。営業をかけるのも違うかなあと。面倒くさいんで連絡してないです」とのことだった。中央の馬で勝てば賞金も全然違うが。「そうなんですよね。いずれ乗っていかなきゃいけないと思っているんですけどね」と。ファンもあきれているし、笠松の騎手がかわいそうだという声に対しては「お客さんが思っているほど、僕たち何とも思ってないです」とも。怒りを感じているのはファンたちだけなのか。メインレースなどで、5頭いる中央馬に名古屋の騎手5人が乗って、笠松の騎手がゼロなのは「やっぱり違和感がある」とファンの思いを伝えておいた。あとは個人事業主でもある騎手や調教師らそれぞれの、JRA関係者に対する「営業力」が必要になってくる。

■1月には笠松所属馬で中央馬をバッサリ、痛快な勝利

 渡辺騎手は、1月26日にはJRA交流「端月賞」を笠松所属馬フレンドショコラ(加藤幸保厩舎)で制覇。JRAから笠松への転入初戦。最後方から追い上げ、大外から鮮やかに差し切った。地元ファンにとっては、これまで圧倒的に優位だった中央馬をバッサリと倒してくれた痛快な一戦となった。この日は圧巻の騎乗で1日6勝を飾った。

 その時点では「僕も中央の馬に乗せてもらいたかったです。笠松の騎手がどんどん乗っていかないといけないですよ。こっちの競馬場なんで、恥ずかしいことです。(僕も)まだまだですよ」と話していた。やはり中央馬に騎乗したい思いは強いようだ。

■中央馬に名古屋勢は33回騎乗、笠松勢は3回のみ

 笠松競馬再開以降、JRA交流戦は8レースが行われ、中央馬は計39頭が参戦した。結果は中央馬が7勝、2着8回、3着7回。笠松勢は1勝(渡辺騎手)、3着1回(大原浩司騎手)でともに中央からの転入馬だった。

オグリキャップ記念をトーセンブルで制覇した岡部誠騎手

 中央馬には、名古屋勢は岡部誠騎手ら6人が計33回騎乗し、笠松勢は3回のみ。名古屋勢は岡部、今井貴大、大畑雅章の各騎手がそれぞれ7回、加藤聡一騎手が6回、丸野勝虎騎手が4回、宮下瞳騎手が2回騎乗。岡部騎手が3勝を飾り、今井騎手が2勝、大畑騎手と加藤聡一騎手が1勝。笠松勢は昨年12月の冬萌特別で藤原幹生騎手が騎乗した(5着)が、その後は名古屋の騎手がほとんど。5月12日のA3戦「のぼり鮎特別」で渡辺騎手が騎乗できた(3着)。

■JRA交流の1着賞金は笠松所属馬50万円、中央馬450万円で大きな格差

 地方競馬でのJRA交流戦は、中央競馬サイドからは「地方競馬指定交流競走」と呼ばれている。「地方か、中央か」という競走馬の所属先によって賞金が違い、「中小企業」の地方競馬と「巨大企業」の中央競馬との「格差の縮図」ともいえるおかしな二重構造があるレースだ。

 この問題ではJRAサイドからの意見として国枝栄調教師が「同じ競馬サークルの中で、地方と中央という形がある。馬券的には売り上げは伸びているが、現場・厩舎サイドへの見返りが、地方競馬にとっては、ちょっと恵まれていないのかなあと思う。規制緩和というところで、(地方・中央の)両方がうまくやっていくべき時期に差し掛かっていると思う。それが実現できていない。馬産地は一緒だが、いびつになっている。所属によるんじゃなくて、馬の能力とかを優先した方がいいのでは」とアスリートファーストを訴えていた。

JRA交流戦の端月賞では、渡辺騎手が笠松のフレンドショコラで1着ゴール。地元の人馬の意地を見せた=1月26日

 賞金はどうなのか。1月の端月賞では笠松勢が4頭、中央勢は3歳未勝利馬5頭が出走。1着賞金は笠松の馬が勝てば、競馬場が定める50万円(4月から62万円に)であるのに対して、中央の馬が勝てば450万円(中央競馬が定める賞金との差額を含めて)となる。これは、JRA所属馬に出走枠が与えられる代わりに、JRAが「交流競走協力金」の名目で、賞金の一部を負担しているからだ。渡辺騎手は笠松所属馬で勝利を挙げたが、賞金は中央馬の9分の1だった。騎手への進上金は5%で、収入は中央馬が勝てば22万5000円、地方馬なら2万5000円(4月からは3万1000円)である。中央馬に乗れば騎乗手当なども約4万円支給される。

 JRA未勝利馬にとっては、地方の馬場を借りて、サバイバルレースが行われているようなものだ。プロ野球の世界でいえば、実力的に中央競馬が1軍で、地方競馬は2軍のような状況にもある。1軍で成績不振なら、2軍で結果を残して浮上のきっかけになる。勝てなければ、地方に転出して2軍生活を続けるケースもあるし、競走馬として生き残りを懸けることになる。

■地方騎手にとっては賞金・手当の面でも魅力あるレース

 地方の騎手にとっては、実力上位の中央馬に騎乗すれば、重賞並みに賞金が高いレースで勝つ可能性も十分ある。笠松A3クラス(JRA1勝クラス)のレースなら、中央馬の1着賞金は650万円にアップする(笠松所属馬は1着70万円)。地方騎手にとっては賞金・手当の面でも魅力あるレースで、当然「中央馬に乗りたい」ということになる。
 
 競馬組合では「騎乗依頼の面で、笠松の騎手への制限などは特にないです。JRA交流戦は名古屋競馬でも行われており、東海公営としての流れもあって、笠松でも乗ることが多い名古屋の騎手に騎乗依頼が集中しているようです。笠松厩舎サイド(調教師や騎手)から、JRAへのつながりなどがあれば、騎乗できるのでは」とのことだ。レース自粛中の空白期間もあって、JRA関係者とは縁遠くなっていたことも影響しているとみられる。                       

のぼり鮎特別では中央馬5頭のうちの1頭、シゲルメダリスト(4)に騎乗して、3着に入った渡辺騎手=5月12日

■渡辺騎手ようやく中央馬に騎乗し3着、ファンを喜ばせた

 5月12日には、笠松でJRA交流戦が2レース行われた。渡辺騎手は2戦目の「のぼり鮎特別」(A3特別)で、中央馬5頭のうちの1頭、シゲルメダリストに騎乗し3着。「笠松の騎手が中央馬に乗った姿も見たい」と活躍を期待するファンの願いがようやく届いたようで、渡辺騎手が生まれる前から笠松競馬場に通っているお客さんらを喜ばせた。

 渡辺騎手は18日の名古屋「メロン賞」(JRA交流戦)でも中央馬モズフェニックスに騎乗しており(4着)、この流れが他の笠松の騎手にも波及するといい。6月4日以降はコロナ禍による騎乗制限が緩和され、JRA所属騎手は、笠松でのレースを含め全ての交流競走に騎乗可能となる。渡辺騎手は今後も中央馬に騎乗し、勝利でJRA関係者にアピールするとともに、笠松所属馬での中央挑戦にもつなげていきたい。
 
 25日の名古屋メイン「麦笛特別」、 渡辺騎手は5番人気・ナムラアイアイサー(田口輝彦厩舎)で豪快な差し切りV。27日のメイン「アヤメ特別」でも5番人気・キンイロノツバサ(藤ケ崎一人厩舎)で、岡部騎手を一まくりしV。名古屋競馬ファンの前で、笠松リーディングとしての存在感を示してくれた。6月1日の笠松開催ではJRA交流戦も実施されるので、地元勢の騎乗にも注目していきたい。

3年前のJRA交流戦では、藤田菜七子騎手も笠松に参戦。ヒマリチャンに騎乗し5着だった=2019年3月6日

■笠松でも「菜七子フィーバー」、オグリキャップとの縁で競馬に興味

 笠松競馬場でのJRA交流戦。3年前には藤田菜七子騎手も参戦してくれた。当時交流戦があった地方競馬の全場制覇を笠松で達成したと騒がれた。村山明厩舎のヒマリチャンに騎乗し、3番人気で5着。「菜七子フィーバー」で場内は沸騰。外ラチ沿いには大勢のファンがずらりと並んで熱い視線を送っていた。

 レース後には、日頃は取材に訪れることが少ない一般紙(全国紙)の記者たちも来場し、囲み取材。こんな光景は笠松では本当に珍しいことだ。当時はJRAでただ一人の女性ジョッキーとして注目され、人気を集めた菜七子騎手。茨城県出身で、競馬に興味を持つきっかけになったのは、小学5年生の頃。家族が運転する車で高速道路を走っていた時、偶然見つけた車に「オグリキャップ」と書かれていて、馬運車であることを知った。オグリキャップが国民的アイドルホースだったことも分かり、テレビ中継で有馬記念なども見て、やがて騎手に憧れるようになったという。

 6月4日からはJRA騎手も地方に参戦できる。今年3月にデビューした今村聖奈騎手は、寺島良調教師(岐阜県北方町出身)の厩舎に所属。5月22日には10勝目を挙げ、JRA新人女性騎手の最多勝記録を22年ぶりに更新した。元笠松所属馬で岐阜金賞を勝ったダルマワンサにも騎乗してくれたが、笠松でのJRA交流戦では、チャンスがあればぜひ参戦していただきたい。吉田勝利オーナーと寺島調教師の強力タッグがあれば、実現可能だろう。

地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ出場への意欲を語った藤原幹生騎手

■藤原騎手は地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ出場

 藤原幹生騎手は5月8日に佐賀、31日に浦和で開催の「地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ」に笠松所属騎手代表として参戦。各地のリーディング(昨年4月~今年3月)12人で争い、地方競馬のナンバーワンジョッキーを目指す。

 初出場した藤原騎手は、佐賀の初戦は2番人気・オプティマスで6着、2戦目は11番人気・シゲルホンブチョウで9着。合計10ポイントで総合10位。ほろ苦い結果に「駄目でしたねえ。初めてとか関係ないですよ」。まだ浦和で2レースあるんで「一つでも上を目指して、勝てるように頑張ります」と意欲を示した。トップは2戦目を勝った岡部誠騎手(36ポイント)で、2位は1戦目を勝った村上忍騎手(岩手)。ポイント的には浦和での結果次第で、どの騎手にも優勝のチャンスがある。

 佐賀戦前にはグリーンチャンネルのTV番組「アタック!地方競馬」にも出演した藤原騎手。笠松競馬場内で行われたインタビュー収録では「出させてもらえて、うれしく感じました。全国のトップジョッキーが集まるレースで、優勝したらJRAでまた乗れるのがいいですね」と騎乗を楽しみにしていた。

 森泰斗騎手や吉村智洋騎手ら全国の名手と対戦。「一緒にレースをしてもらうことはめったにないので、楽しむ気持ちで。ライバルはベテラン勢で、負けないように頑張りたい」と意欲。41歳で中堅クラスだが「自分はまだ若手」という気持ちで「精いっぱいやってきます」と闘志を燃やしていた。笠松代表として、浦和でのブレークを期待したい。

 笠松での期間限定騎乗で、3開催延長して奮闘している19歳の田中洸多騎手は6月3日まで騎乗する。ここまで10勝を飾る活躍。レースの合間には、先輩騎手の馬具を手入れするなど業務もサポート。頑張っている姿は応援したくなる。残る笠松騎乗は、5月31日からのぎふ清流カップシリーズの4日間となったが、1勝でも多く白星を積み重ねて、実況アナにも「田中洸多」の名を連呼してもらおう。

 日本ダービー(29日・東京)は、皐月賞で応援していて勝ってくれた「ジ『オグリ』フ」の2冠を期待。笠松つながりがあるような馬名で注目していた。騎乗するのはラブミーチャンで勝ったことがある福永祐一騎手。ここ4年で3勝と新たな「ダービー男」でもあり、ゴール前を盛り上げてほしい。